第50話 罠
◇ ◇ ◇
お腹を満たし、十分に休息も取ったグランディールとアンドレアは、動きやすい服に着替えて宝物殿の前まで来ていた。二体の竜が空へ昇っていく意匠が金銀宝石で華やかに装飾されている豪華な扉に思わず見とれる。これだけでも一財産になる、国宝級のお宝だ。
「立派な扉ですのねぇ」
「宝物殿の入り口は竜に相応しく、美しく装ってあるんだ。竜体でも入れるようにと大きく作ってあるけど、防犯のために物理と魔法、両方の攻撃に耐えられるようになっているらしい」
「まあ、さすがですわ。素晴らしいです」
そしてこの、壁のように聳える二枚扉の向こうには竜のお宝……金銀財宝が詰まっていて、いよいよそれを拝見できるのだと思うと、ワクワクする気持ちが押さえられない。
待ちきれない思いで傍らに立つ彼を見上げると、同じように高揚している彼と目が合った。互いの顔には素直な感情が出てしまっていて、少し子供っぽかったかと思い照れくさくなって笑ってしまう。
「じゃあ、開けるよ」
「はい、グランディール様」
彼はおもむろに右手を持ち上げ、巨大な扉に手をかざす。すると、掌から魔力が放たれるのを感じた。どんな魔術を使っているのかアンドレアには分からなかったが、次の瞬間、呼応するかのようにギィーッと耳障りな音を立てながら、ゆっくりと内側へ動き出す。
扉の内側からは、眩い光が零れ出てきていた。この光はなんだろう? 疑問に思いながらもグランディールに手を引かれて中に入ると、そこはポッカリと空いた何もない白い空間があって、部屋全体が発光していたのだった。先程、漏れていた光はこれらしいが……。
「え?」
光源のおかげで明るくて楽に辺りを見回せるのはいいのだが、これは一体どういうことだろう? てっきり廊下でもあって、お宝を納める小部屋の扉がズラリと並んでいるのかと想像していたアンドレアは、何処かに繋がるような扉や廊下どころか、当然あるはずの壁や天井などもなく、光溢れる何もない空間だけが延々と広がっているという謎の光景に、目をパチパチと瞬かせた。
「ふふっ、これくらいで驚いてちゃダメだよ。長い時間を掛けて母達が色々手を加えて魔改造してるんだから」
「でもグランディール様。この部屋といいますか空間には光以外、何もありませんわ。ここからどうやって進めばいいのでしょう?」
「これも罠の一つなんだ。空間も弄ってあるし、そう見えるように幻術が掛かっている。目で見て探しても分からないようにね。だから、ここを抜けるまでは僕と手を放さないで……離れたら別々の所に飛ばされてしまうからね」
繋いだままの手をギュッと握りながら、少し真剣な口調で言った。
「ええ、分かりましたわ。気を付けます」
アンドレアがしっかりと頷いたのを見てニッコリと微笑むと、大丈夫、進む方向は分かっているからと言って、グランディールは道なき道を真っ直ぐに歩きだしたのだった。
お宝どころか目印となるものさえないノッペリとした白い空間を、どれだけ歩いただろうか。
グランディールに導かれるまま、直線上に歩いて来たとは思うのだが、代わり映えのしない場所故に、方向感覚も狂ってきてしまっている可能性も捨てきれない。
いつまでこうして歩き続ければいいのだろう、お宝の収まっているであろう場所へは辿り着けるのか? 神殿内部は空間拡張の魔法が掛かっているとはいえ、さすがに広すぎるのではないだろうか。ここはまだ、ちゃんと宝物殿の中なんだろうかという気持ちにさえなってくる。
グランディールの足取りは確かで、迷いなく進んでいるので大丈夫なのだろうとは思うが……。
「ねぇ、アンドレア。ようやく二人きりになれたね」
そんな彼女の混乱した思考など、竜の特殊能力でお見通しのはずのグランディールが、嬉しそうに話しかけてくる。
「これってデートみたいだね? アンドレアは王子ともこうして二人っきりで、デートしたのかな?」
「グランディール様」
「答えて、アンドレア」
息をのむほどに美しい精悍な顔を近付けて目線を合わせると、静かに促してくる。どうやら彼女の中にある、元婚約者との思い出が気になって仕方がないらしい。
確かに定期的に会ってはいた。しかし彼はこの国の第一王子で王妃一族から命を狙われていたこともあって、常に周りを護衛で固めており、アンドレアと言えども、二人きりで会うことなど出来なかった。
「……ありませんわ。常に警備のものがおりましたから」
「そうなんだ。じゃあ、私が貴女の初めての相手?」
それを聞いて、期待するかのようにキラキラとした瞳で尋ねられた。
「え、ええ。まあ、そうなりますわね。でも、今はそれどころでは……って何を笑っていらっしゃるの?」
「ふふっ、ごめんごめん。嬉しくて。それに、どう話そうって困った顔をしている君も、可愛いなぁと思ったから」
「な、な、なんっ!? か、からかわないでくださいませっ」
「からかってなんかいないよ。本当、可愛い」
蕩けるような甘さが滲んだ声でそう言うと、今度は彼女を引き寄せて、しっかりと抱き締めた。
「あぅ……グランディール様、あの、離して……」
「嫌だ。せっかく誰もいなくて二人きりになれたんだ。ずっとこうしていたい……」
「それは、ダメですわ」
「じゃあせめて、もう少しこのままでいよう?」
「うぅ、はい……」
恋人になったばかりの彼と一緒にいられるのはアンドレアだって嬉しいが、ここにはイチャつきに来たわけではなく、彼の両親からの贈り物を選ぶために来ているのだ。まだまだ、肝心のお宝までは全然辿り着けていないし、この分だと後どれだけ時間が掛かるかも分からない。本来ならこうして、甘い雰囲気に流されている場合ではないのである。
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