第49話 宝物殿へ



 竜が孵化を終え成竜になると真っ先にするのが半身探しだが、それと同時に終の棲みかも探し始める。


 親元から離れ、自分と半身だけの為の巣作りをすることは本能であり喜びでもある。

 この世界のどこかにいつか生まれてくる半身との蜜月を夢見て、居心地がよくて最高のものを用意しようと、世界中を飛び回っては好みの場所を見つけ、そこにせっせとお宝を集めるのである。


 グランディールの場合は思いがけず最速で半身が見つかった訳で、その事は非常に喜ばしく心が満たされるものだったのだが、巣作りの準備は全く出来ていない。

 彼は水竜であるため、住処となる場所は綺麗な川や湖などの水辺が好ましいが、巣の場所さえ決まっていないという竜としては恥ずかしい状態であった。なので、この申し出は非常にありがたかった。




 これから暫くは二人で旅をすることになるだろう。彼女を乗せて大空を飛んだり、ゆっくり歩いて周りの景色を楽しんだり……貴族令嬢として王族の婚約者として、いつも窮屈な生活をしていたであろう彼女が今まで体験できなかったようなことを一緒にしながら、二人の好みに合った巣の場所を探すつもりだ。きっとアンドレアも賛成してくれるはず。


 そして、好みの場所が見つかったら本格的にお宝を探すことになるのだが、長年に渡りラグナディーンが収集したものから三つも譲って貰えるのならばとても嬉しい。どれでも好きなものを選んでいいと言うことだし、素晴らしいものが手に入るに違いない。巣作りの為の礎というか、核となるものになることだろう。


「じゃあ早速、今から二人で行ってきてもいいですか?」


「まあ、そう急くでない。行く前に一度食事でもして、少し休んではどうかの? そなたは忘れているようじゃが、暫く絶食していたであろう?」


「あ……そう言えば、そうでしたね。すっかり忘れていましたよ……」


「ホホホッ、であろうと思うておったわ」




 孵化するまで一月ほどあった休眠の期間はずっと飲まず食わずで繭の中にいたのだが、半身を得た高揚感から、グランディールは空腹など感じていなかったようだ。


 別に竜は、食べることで身体を維持しているわけではなく、特に成竜になれば空気中の魔素を吸収するだけで良いので、絶食しても大丈夫らしい。

 しかし、人ような食事の仕方はしないと言っても、幼いうちは口腔摂取も積極的にするんだとか。

 何故なら幼竜のうちは一度に吸収出来る魔素の量が成長速度に追い付かないので、平行して食べ物から摂取した方がより効率的に栄養が吸収できるかららしい。成長するにつれ、徐々に魔素中心に切り替わっていくのだとか。




 また生命の維持に必要なくても、食べる楽しみというのが長い時を生きる竜の無聊を慰めるようだ。


 神のごとき力を持つ竜には、心身ともに健康で安定した状態でいてもらわないとこの世界の住民達にとってとても危険である。

 好奇心旺盛な彼等の為に人々は珍しい貢ぎ物を捧げ、それを食べたり飲んだりして異種族の文化に触れることで楽しんでもらう。


 勿論、その代わりに自分達では手に負えない魔物の脅威等から守護して欲しいという魂胆もあったりするのだが、それさえも竜の退屈な日常には良い刺激になるし、縄張りを守る意味でも引き受けることが多い。それによって一時的にでも満たされた心は、充実感と生きる活力を得るのだから。


 双方にとって有益となる場合が多いため、殆どの種族は身近に暮らす偉大な隣人の巣作りを歓迎し、上手に付き合っていきたいと思っているのである。




「さて、そなたになら言うまでもないと思うが一つだけ……宝物殿内部は年々空間の歪みが進んで迷いやすくなっておる。今回は聖女も連れていくのじゃ、気をつけて行ってくるのじゃぞ?」


「はい、母上。私以上に彼女のことを守れるものはいないでしょう。十分注意して行って参りますので、安心してお任せください」


「うむ」


 宝物殿は、身近で暮らす竜達の魔力漏れに加えて、侵入者対策に神竜自らが仕掛けた罠が豊富な魔素を吸収して自動成長してしまったことにより、ダンジョン化し始めているので注意が必要な場所になっているのである。


 最初はお宝の詰まったただの部屋だったのに、今では怪我をしたり、遭難したりしないようにしないといけないちょっとした危険地帯になっているので油断出来ないのだ。




「じゃあ一旦、休憩してきますね」


「それがよい。いつでも食せるようにしてあるからの。部屋にでも運ばせよう」


 そう言うと水の精霊達に合図を出した。彼女達の中には、長年ラグナディーンに仕えているうちに竜の飲食物に魔力を練り込み、味も見た目もあれこれ工夫して素晴らしいものをつくれるようになった個体がいるらしい。


 この世界では豊富に魔力を含んだものほど種族を問わず美味しいと感じるので、公爵令嬢であるアンドレアでもこの神殿に来てからは毎食、楽しみにしているほどの腕前なのであった。


「ありがとうございます、母上」


「感謝します、ラグナディーン様」


 宝探しの前に神竜達が用意してくれた心尽くしをいただくため、二人揃って部屋へと下がっていったのだった。





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