第35話 竜の常識
「この宝物殿は、幼い竜たちにとって格好の遊び場となっておったのじゃ。好奇心のいっぱいによく動きまわるゆえ、一度見失ってしまえば見つけ出すのに難儀したものよ……そのまま遊び疲れて寝てしまうこともあってのう」
「ふふふっ、お可愛らしいこと。しかしこんな近くに宝の山があるとなれば、それも無理からぬことかと」
「……妾も竜故、煌びやかなものに惹かれる気持ちはよく分かるがの」
「人にとっても宝物類は魅力的ですわ。お許しいただけるなら、いつか拝見させていただきたいものです」
「勿論じゃ。妾自慢のコレクション……折を見て案内しようぞ」
「まあ、楽しみにしておりますわ!」
何しろ約二百五十年分の竜のお宝である。
きっと息を呑むほど素晴らしく、想像以上に豪華絢爛なものに違いない。
「うむ。一人では向かわぬよう注意しやれ。長い時を経て一部が迷宮化してしまっておるからのぉ」
「ええっ、迷宮化!? そ、それは大丈夫なんですの? まさか、魔物が出る……とかじゃありませんわよね!?」
神竜の住まう聖力に満ちた御在所が、まさかそのようなことになっているとは露知らず、驚きのあまり思わず声を上げてしまった。
「安心するがよい。ここは聖域じゃし、さすがに魔物までは出ぬ」
「……そう、なんですの?」
「うむ。まあ、主のいなくなった竜の巣がダンジョン化することはよくあることじゃし、そなたの心配も分かるがの。ここは大丈夫じゃ。ただその……長く同じ場所に巣を構えていると魔力が飽和し、ちと迷宮化しやすくなる。ここでは空間の歪みとして影響が出たようじゃ。迷いやすくなったが、これくらいならよくあることじゃろう」
「まあ…… ダンジョン化したり、空間の歪みが出るのがよくあることなんですの?」
思わず神竜様相手に、胡散臭げに眺めてしまった。
それだけのことだと言われても、全然安心できない……。
主のいなくなった竜の巣がダンジョン化する話など、推測で語られているくらいである。
多分、人族にはその情報が伝わっていないのではないだろうか……?
良くある事だとラグナディーンは言っているが、千年の寿命を持つ竜のよくあることとは当てにならない。少なくとも、神竜の守護する国に生まれ、幼い頃から竜を身近に感じているアンドレアでも知らなかったのだから……。
「竜にとっては常識じゃな」
「……初耳ですわ」
成る程、竜にとっては大したことない状態なのだと言われてしまえば、 お仕えする立場としては慣れるしかない。
初日にして、思いの外危険な職場だと判明したわけだが、竜には人の常識が通用しないんだということを改めて思い知ったアンドレアだった。
この宝物殿は元々、わざと複雑な構造にしてあったようだ。
廊下を作らずグルグルと遠回りさせるように仕向けたり、階層に段差を付けてちぐはぐな空間を作り惑わせたり……。
複雑化した空間には隠し通路や隠し部屋などがいくつも作られ、まるで迷路のようだったらしい。
そこに、せっせと大量の罠を仕掛けた……神竜自ら手作りして。
「妾と眷属の渾身の合作じゃ、あれは楽しかったのぉ」
「まあ、きっと高性能なものが出来上がったのでしょうねぇ」
「会心の出来じゃったな」
その時のことを思い出したのか遠くを見つめながら、嬉しそうに頷いてくれた。
「竜の巣を荒らそうとする不届き者は滅多にいないと思うが、持てる魔力を全て注いで作り上げたのじゃ」
安心して過ごす為、お宝満載の巣に侵入防止の罠を仕掛け、快適に整える事は竜の喜びであり本能だ。
万が一のためにと無駄にはりきった結果……。
仕掛けた罠の作り手が神竜自身であったことも手伝って、彼女の魔力を吸収し次第に進化していったのだという。
そこに空間の歪みが加わって、より難易度が増したんだとか。
これは、侵入防止の目的が達成され、脱出不可の巣になったことを喜ぶべきなのか……?
どうやら、ラグナディーンの様子を伺うに、長い時間を掛けて色々手を加え、魔改造した結果の集約に満足そうであることだし。
「……成る程」
「今はその進化するトラップだらけで、超危険なのじゃ」
「まあ、怖いっ」
「ホホホッ、そうであろう。しかし幼竜達は、遊び感覚で突撃しておったがの。 誰が一番早く、惑わされずに多くの宝を集められるか競争じゃというて……あれにはヒヤヒヤしたものじゃ」
ふうっと溜息をつき、しみじみと言った。
そんな憂い顔をしていても、見惚れてしまうほど美しい。
「それは、大変でしたでしょう」
「うむ。妾にとって初めての子育てじゃったからの。戸惑いも大きかったが……」
「その辺りは、人も竜も変わらないのかも知れませんわね」
「そうじゃな」
ただ竜は、人と違って一度に三個から五個の卵を産むのが標準のため、どうしても幼少期の世話はてんてこ舞いになる。
ラグナディーンの場合、五個の卵を孵したのだ。
やんちゃ盛りの幼竜たち相手に彼女だけでは目が届かず、眷属たちの手も借りて子育てをすることになった。
それだけの目で見張っていても、賢くすばしっこい彼らの勢いを防ぎ切るのは難しかったらしい。
最も、眷属の中で一番数の多い水の精霊が、幼竜たちの一番の遊び友達で味方だったため、一緒に騒ぎに参加してしまい役に立たなかったというのもある。
冒険した後の宝物殿は決まって破壊され、水浸しになり……かえって被害が大きくなっていたようだ。
何度叱られても懲りないので、最終的には護衛だと思って諦めることにしたのだと、呆れたように教えてくれた。
「それも今となってはいい思い出よ。彼らには感謝しておる」
「ええ……よく、ここまで無事にお育ちなられました。そしてもうまもなく、めでたく成人を迎えられるのですわね」
「うむ、振り返るとあっという間であった。巣立ち間近の我が子を想うと、何を見ても感傷的になってしまうものよ」
「それだけ慈しみ深くお育てになったということでしょう。寂しくなりますが、しっかりした絆がありますものね……たとえ離れていても心は繋がっていられますわ」
「そうじゃの」
少ししんみりとしてしまったが、話しているうちにアンドレアに用意された部屋へと到着したようだ。
「さて、気に入ると良いが……」
ラグナディーンが手をかざしただけで滑るように扉開く。
その先には……。
素晴らしく美しい空間が広がっていた。
可憐でありながらも上品な花柄の壁紙、応接セットを含む調度品類は落ち着いた色合いで統一されスッキリと収まっており、そこに豪華な唐草模様描かれた深紅の絨毯が敷かれ、華やかさを添えている。
ゆったりと寛いでほしいと願って整えられたのだろう……。
そんな気持ちが見てとれる部屋だった。
「まあ、素敵っ」
一目見て気に入った。
公爵家にあるアンドレアの部屋以上に広く、天井が高いその部屋は、若い女性が住まうに相応しく、見事に調和が取れていた。
見るからに心地よく、彼女の為にこんなにも素晴らしい部屋を用意してくれていたことに感動して心が震える。
「なんて素晴らしいお部屋なんでしょう……。ラグナディーン様、水の精霊様、お心遣いに感謝しますわ」
「気に入ってくれたなら良かった」
アンドレアの喜ぶ様子に、二人は満面の笑みで答えてくれた。
「この部屋は妾達だけでなく、一の君らの手も加わっておるからの。そなたがいつ、聖女としてこの神殿に来てもいいようにと、せっせと選んでおった。喜んでもらいたかったのであろう」
「まあ、そうだったんですの。休眠からお目覚めになりましたら、真っ先にお礼を申し上げなければ」
「ホホホッ、我が子らもそなたの反応を楽しみにしておったからの。喜ぶであろう」
「はいっ、是非に!」
その機会はきっと、もうすぐそこに……。
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