第36話 通信手段



「足りないものがあれば何でも言うが良い」


「いいえ、十分良くして頂いておりますわ」


「……聖女よ、言うまでもないがそなたの考え、妾には筒抜けじゃ。遠慮はいらぬから言うてみよ」


 竜には精神感応能力があるため、心の中で思ったことや考えたことが意識せずとも伝達されてしまう。


 アンドレアの本心などお見通しだった。


「……さすがは神竜様。貴女様には何も隠せませんわね」


「当然であろう?」


 気遣わしげに細められた金の瞳に至近距離から除き込まれ、思わず頬に熱を覚えかけてしまった。


(美形には王子や兄達で耐性があるつもりでしたのに……これだけお美しいと、女性だと分かっていてもドキドキしてしまいますわ……その上お声まで麗しくていらっしゃるんですもの)


 それに、こうして怜悧な人外の美貌が崩れるのは、ほんの一握りの親しい者にだけだとも知っているから、余計に意識してしまう……。


 初対面時からアンドレアは神竜にとって特別だったようで、以来、まるで実の娘のように扱ってくれている。


 その事は人の身には法外の喜びだった。胸が熱くなる。




「神竜様……過分なお心遣い、痛み入ります。ではお言葉に甘えてひとつだけ。岸辺に置いてきた者たちに無事を知らせたいんですの」


 聖女になったことは、天高く駆け上った光の柱を見て知っているだろうが、神殿に入って随分と時間が経っている。


 送り出してくれた大神官を始め、きっと皆が心配していることだろう。出来るなら一度、連絡を取りたい。


「うむ、人の世の時とは早く流れるものじゃったな。では、大神官にも聖女誕生を報告せねばのぉ。あやつも連絡が入るのを今か今かと首を長くして待っておるのであろう」


「ふふふっ、そうですわね」


 ソワソワと落ち着かなげにする大神官を容易く思い浮かべることができる。思わずくすくすと笑ってしまった。




 そして連絡は、この神殿の中から取れるらしい。


「双方向に声と映像が送れる魔道具がある。それを使えば良い」


 双子石と言う石から創られた通信機で、使用されている石は、物凄く珍しく滅多に採掘されないという、ダンジョン産の鉱石だという。




 ――王宮にあるのも、この石になる。


 昨夜、アンドレアを断罪する場面で、ユーミリアが婚約破棄の根拠として主張していた罪の数々……。


 その真相を神竜様の御前で明らかにするためにと、第一王子が連れて行こうとした通信の間に設置されていた。


 勿論、捏造だったため、ユーミリアは神竜の審判を恐れて逃げ出したのだが、その罪の報いは受けている。


「では参ろうかの」


「はい、ラグナディーン様」




 ――広くて長い廊下を、水の精霊に抱き抱えられ、空中に浮かびながら滑らかに飛行していく。


 通信の間は、神竜様の御座所があった水の部屋の近くにあるということで、先程通って来た道を逆に辿る形になったのだが、何しろここは広い。


 竜体で快適に過ごすことを考えて空間拡張されている神殿なので、御座所近くの主要な通路は特に広く、まるで自分が小人になってしまったかのように感じるほどだ。


 当然、人の足では移動に時間が掛かり過ぎるので、水の精霊の魔法で連れて行ってもらうことになった。

 竜の眷属ともなれば魔力が増し、水の精霊でも自在に飛べるらしい。この巨大な神殿内で暮らすには便利そうだ。


 そうして空中を大人しく運ばれていると、すぐに目的の部屋へと着いた。




 ――部屋の中央には二つの台座があった。


 大きな装置で、台座いっぱいに複雑な魔法陣が描かれ、その中央に真ん中できれいにスパッと割れた、人の頭よりも大きな石が一つ、嵌め込まれていた。


 これが双子石といわれている稀少なダンジョン産の鉱石であり、元は人の頭ほどの大きさの球形なのだが、それを二つに割り、連絡を取りたい場所に置くことで通信可能となるものだ。


 大神殿と王城にある双子石とそれぞれが繋がっていて、双子石の片割れがある双方向のみ通信できる。




「この魔法陣に魔力を流して起動させるのじゃ。ただし、人の身には魔力消費が激しく感じるであろうからの。注意せよ」


「分かりました。やってみますわ」


 神竜に促され、大神殿と繋がる方の通信の魔道具の前に立つ。


 手をかざして、教えられた通り魔法陣に魔力を流していく。


 起動のための魔力が満たされると……。





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