第19話 壊れてしまった関係
「ドリー男爵令嬢の場合は、聖魔法の他にも水魔法を使えると資料にあった。この二つは浄化系の魔力を持つ。何らかの作用で、洗脳魔法のようなものを作り上げたとしても不思議じゃない」
一般的に、聖魔法で出来る事と言えば回復や治癒、補助などが上げられる。
彼女が疑われているような、人心を煽動し操作するという洗脳に近いことが可能なのかは分かっていない。それは本来、闇魔法の領域だと言われているからだ。
聖魔法と闇魔法は同時に習得できないことから、彼女が闇魔法を使えるという可能性は消える。
というわけでユーミリアの場合、聖魔法以外の適性があったために聖属性そのものの純度は低いものの、そこを水魔法との複合魔法で補ったのではないか、ということらしい。
「はぁ。稀少な聖属性持ちで魔術のセンスもありそうな子だというのに……もったいないな」
「そうですわね、能力の無駄遣いですわ……」
「本当、残念な子だよねぇ」
聖属性の素質を持つ者はいるが、どこの国でも中々数が増えなくて、困っているというのに……。
――聖属性を持つ者が増えない理由……。
それは、資格を失うものが同じくらい多いからである。
基本的に、魔法には六つの属性があり、その中でも聖と闇の属性は他の四属性と違い、少し特殊な面がある。
――それは何故か適性に、使い手の人格が強く反映されると言うこと。
使い手に相応しい人格者じゃないとの判断が下されると、せっかく授かった素質が消えてしまうという特性があるのだ。そして一度、聖属性の素質が消えてしまうと、その後にいくら改心しても二度と戻ることはない。
そう言った特異性から、貴族の子女は五歳の誕生日に、平民は十歳の誕生日に「神々の祝福」と呼ばれている能力判定を受けた際に聖属性が発現すると、世俗で育てず、神殿に預けられることも多い。資格を失うことの無いように、きちんとした教育を受けさせるためだ。
ちなみに、聖属性魔法に関しては、男性よりも女性の方により顕現しやすいという特性もあった。反比例するかのように、闇属性だと女性よりも男性に現れやすい。適性に人格が関わってくるのは聖魔法と同じである。
何故そうなるのかは、これまでにも散々議論されているのだが未だに判明していない。不思議なことだが、これも神の采配なのかもしれない……。
それゆえに両属性共、使い手には絶大な信用があるのだが、自分勝手に周囲を巻き込んで軋轢を生み、様々な事件を引き起こした彼女にもまだ、その資格はあるのだろうか?
今現在は微量ながらも使えているようだし、元の適性量が不明のために判断が難しいが……。
「多分、彼女が資格失ってしまうのも、そう遠い未来じゃないと思う。神の審判は平等であり、非情でもあるものだからね。心配していないけど、アンドレアも同じ属性持ちとして、使い方を誤った者の末路をよく覚えておいて欲しい」
「はい、ジェフリー兄様。心に刻みます。お兄様達を悲しませないことを、神竜様にお誓い致しますわ」
「うん、いい子だ」
わが国では、神竜様のおかげで聖魔法の使い手が多いといわれている。幼少期にこの国の守り神と直接対面出来ることは、その後の人格形成にも影響を及ぼしているようで、聖属性を失うという事例が少ないためだ。
それでも稀少な属性には違いない。今回は先例が少な過ぎる上に、他属性も持っているとはいえ魔力量が少ないという情報があったため、複合魔法を使えると推察しにくかったらしいが……。
「だけどどんな魔法にだって制限はあるんだ。例えば時間や、範囲、質量などがね。いずれかが限度を超えれば、かかった魔法は解けると思う。無制限ということはまずあり得ないのだから」
「そう、なのですね……」
確かにそれを鑑みると、アンドレアの推察とも一致する。魔法の影響が、ユーミリア嬢が強く意識した特定の異性のみという限られた範囲だと感じたのはそういうことだったのだろう。
「だから、いずれは殿下達も目を覚まされるだろうさ」
「そうだな。まあ、その辺りもこれから色々と明らかになっていくだろう。殿下達にとっても決して優しい結果にはならないだろうが、それはもう仕方がない。こうなってしまっては、キャメロン公爵家は殿下の後見を降りることになるからね」
「……はい」
分かっていたことだ。
裏切られたのは
落ち込むなんて、ましてや涙が溢れてしまうなんて……。
そんなの、おかしい。
――分かっているのに涙が止まらないのは、どうしてなんでしょう。
婚約者を放置し、他の女性に浮気した上に冤罪を被せようとなさる方に未練なんて無い筈……だった。
でもアンドレアの胸には今、ロバート王子に対する罪悪感と後悔が綯い交ぜになって押し寄せてきている。
もっと殿下の心に寄り添っていれば、こんな結末は迎えなかったかもしれない。そんな思いが消えてくれないのだ。
ユーミリアと出会う前にはもう、二人の関係は儀礼的なものになっていた。
アンドレアの忠告をうっとうしがり、中々話し合いに応じてもらえなくなっていたことからも、どこまで精神を操る作用をもつ可能性が高い、複合魔法への対策が取れたかは分からないけれど……。
もう少しだけ、あと少し待てば殿下も正気に戻られるかもしれない……と様子を伺っている内に、ズルズルと今日まで来てしまったのだ。
――そうして。
たった半年で取り返しのつかない程、二人の距離は開いてしまった。
側妃である母君が、王妃の一族が蔓延る王城で苦労していたのを見続けていたこともあり、出会ったばかりで幼さの残る殿下は将来、弱い立場の人を守りたいという夢を持っていた。
それを実現させるためにも、将来を共に歩む予定のアンドレアに力を貸して欲しいと言ってくれたのだ。
決意を込めた真剣な眼差しで見つめられ、婚約者から必要とされていることを実感できてとても嬉しかった記憶がある。
未来の国王となる弟を影から支えるためにも、出来る限りの準備をしておこうと言っては、今よりずっとよく勉学に励んでいた凛々しい姿も思い出せる。
今思えば、殿下の想いに応えようとして高みを目指し、自分は勿論のこと殿下にも厳しく接し過ぎてしまったのかもしれない。
彼の掲げる理想に向かって必死に走り続けていたため、彼女の心にも余裕がなく、細やかな配慮をすることができなかった。
次々と変わる側近候補の子息達よりはずっと長く一緒にいたのにと、無念な思いが募る。
――王城の中は貴族社会の縮図だ。
見た目は豪奢で美しく、煌びやかに見えていても貴族社会の実情はそんな生易しいものではない。
笑顔の裏に隠された思わせぶりな態度、婉曲的な言葉に隠された辛辣な刺、腹の探り合い、貶しあいが慢性しており、常に気が抜けない。
早くに母を亡くし、愛はあっても忙しくて滅多に会えない父親しか味方がいないという場所で、小さな王子はどれだけ傷つき、隠れて涙したことだろう。
両親を筆頭に二人の兄達からも惜しみなく愛情を注がれ、可愛がられて育ったアンドレアには、その心の闇の全てを推し測ることは難しかった。
側妃の子で第一王子と言う微妙な立場のロバート王子は、そうした汚い大人の世界に物心がつく前から嫌が応にも巻き込まれ、アンドレアと出会った時には孤独な戦いを続けていたのだ。
殿下のお心に寄り添おうと努力したが、彼が徐々に子供らしい純粋さを失い、心が擦り切れて弱っていくのを止めることは出来なかった。
――そうして今夜遂に、しっかりと繋いでいた筈の手を完全に、離してしまうのだ。
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