第18話 複合魔法



 ◇ ◇ ◇




 ――第一王子殿下とキャメロン公爵令嬢の婚約式を祝う、前夜の舞踏会で起こった前代未聞の婚約破棄騒動……。


 ユーミリアの逃走で一旦、幕を閉じることになったその騒動後、キャメロン公爵家の三兄妹は、後始末を父親に委ねて早々に公爵邸に帰還しようとしていた。




 三人の乗った帰りの馬車の中で、さすがに疲れが出た様子の妹に肩を貸し、もたれ掛かる頭を慰めるように優しく撫でながら、ユージーンが静かに切り出した。



「しかし、殿下にも困ったものだ。あのような場で軽率な行動をなさるなど……」


「ええ。突然の事で、わたくしも随分驚きました」


「そうだろうね。ドリー男爵令嬢に入れあげていたのは知っていたけど、せいぜいが妾にでもするのかと。僕もまさか、正妃に望むとは思わなかったよ」


「……ジェフリー兄様」


 第一王子が婚約者以外の女性に入れ込んでいることは、国王の耳にまで入っていたと聞いている。

 しかしまさか、大勢の貴族が集まっている舞踏会場で婚約の解消を告げるとは……回りが見えなるほど判断能力が低下していたとは予想外だった。


 国王の意向を無視し、婚約者の公爵令嬢を侮辱し、大勢の貴族の前で婚約破棄宣言を行った以上、なかったことにも出来ない。

 

 心からユーミリアを愛し添い遂げたいと思っていたなら、きちんと手順を踏べばまだよかったのに…….信じられない失態である。


「近頃の言動は常軌を逸しているとは聞いていたが、まさかあれほど腑抜けになっていたとは……あれでは陛下も庇いきれないだろう」


「そう……ですわね」


 後見人の令嬢を不当に扱い、婚約破棄などすれば待っているのは己の身の破滅……。


 王妃派の力を考えれば、王位継承権の剥奪まで追い込まれるだろう。


 第一王子に対する愛情は冷めていても、幼馴染みとして、臣下としての情は結局、そう簡単に捨てられる物でもなく、まだ胸の内に残っている。



 ――これから殿下はどうなるのか……。



 考え込んでしまった彼女に、ユージーンは再び声を掛ける。


「……それはそうと例の令嬢、近くで、どうだった?」

 

「はい……影響は、彼女が強く意識した特定の異性のみ、という限定的なものではないのかと。ただ、故意に使用しているのかどうかまでは分かりませんでしたわ」


 至近距離で対峙したのだが、その時、対象者の感情の制御を外すような何かが発動したように感じたのだ。それが、どの属性魔法なのかまでは掴めなかったが……。




 魔法には火・水・風・土・聖・闇の六つの属性がある。しかし、中にはそれらに分類されないものもあると言われており、そういった魔法は一纏めに特殊属性魔法と呼ばれ、専門家でないと判断が難しい。


「そうか」


「はい。殿下に関して云えば、普段はあそこまで分別のつかない方ではないのです……。あれではその、本当に頭が弱い方みたいで……」


「こらこら。しかし、成る程。彼女が接近している時だけ、顕著に視野が狭まり、感情的になるということか……。そこに不自然さを感じるんだね?」


「はい」


「やはり、本人を調べる必要があるな。ジェフリーはどう視た?」


 すぐそばにいなかったとはいえ、ジェフリーも同様に彼女の様子を伺っていた。

 彼女と関わりおかしくなるのが異性のみのため、警戒して少し離れたところから観察していたのだ。


「使用していたのは聖魔法のみ、と言う訳ではないんじゃないかな。あれは彼女独自の複合魔法だと思う」


「複合魔法……か」


「でもジェフリー兄様、複合魔法って確か、能力値や魔力量などが優れた術師でないと制御も発現も難しい、と。以前、そうお伺いしていたように記憶しておりますが……?」


「ああ、よく覚えていたね。それは一般的な知識なんだ。間違っていないよ。ただ稀に、魔術のセンスだけは高かったり、ついうっかりというか偶然にも創造できてしまうという、強運の持ち主もいるんだ」


「……成る程。確かに彼女、運は良さそうだ。平民から貴族に引き上げられた事といい、稀少な聖属性の持ち主である事といい、ね」


「そうですわね」


「うん。まあ、結果だけみれば力に溺れてしまった感はあるけれど……」


「ええ。慢心さえしなければ、彼女の人生はもっと幸あるものになっていたとわたくしも思いますわ……」



 常に殿方を複数侍らせては愛を囁かれ、少しねだれば高価な貢ぎ物をされる。


 不作法を窘める貴族がいれば、相手を責め立て守ってくれる。


 そんな生活を続けている内に、つけあがっていったに違いない。


 自分がこの国で一番の存在になれると。公爵家など恐るるに足りぬ存在だと。



 ――この厳格な階級社会で、勘違いも甚はなはだしい。



 ぬるま湯に浸かり過ぎて、引き際の判断を誤ったようね?





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る