第4話 素質



 ◇ ◇ ◇




 竜は元来、キラキラとした美しいものを好むものらしい。


 それは溜め込んだ金銀財宝だけではなく、生物にも適用される。ただ、その場合の美の基準は人とは微妙に違い、外見よりも内面の美しさをより重視して愛でる傾向にあるようだ。

 何故なら、彼らには瞬時に人の本質が見えてしまうから。いくら外見だけ美しく取り繕うとも、全てを見通せる竜には無意味な為だ。


 膨大な魔力を操る神竜には、人の心を読む事など容易い。その奥底に隠された本性まで簡単に暴いてしまうため、彼の方の存在の前では、自身を偽ることなど一切できない。


 その神竜からみても、アンドレアは美しかった。


 幼いながらも美しさの片鱗を覗かせる外見も好みだったが、聖なる祈りを捧げるのに相応しい、それに見合う優しくも気高い内面を持ち合わせているのが、益々気に入った……。


「お初にお目にかかります、守護聖獣様。この国の民として生涯、お仕えすることを誓います」


 小さな淑女が物怖じせず、怯えもみせずに愛らしく挨拶をする。


 聖女候補者としての型通りの言葉を捧げられながらも、そこに邪念のない、純粋な敬愛の念が込められているのを感じ取った神竜は、すっかり彼女を気に入ってしまう。




 およそ二百五十年前、王家との盟約に従い、後にこの国の守護聖獣となられる神竜によって王都を囲むようにして張りめぐられた不可視の結界。


 聖域という、魔物が入り込めないこの大結界を張るには、聖なる祈りの力をもって守護聖獣の力を増幅させる、聖女の祈りの力が不可欠だ。

 竜との相性も重要なため、一目で気に入られたアンドレアが神竜に仕える事は、神殿からも強く要請もされていた。


 周辺諸国から王国を守るためにも必要なことで、王家もそれを望むと思われていた。




 勿論、アンドレア本人も、父であるキャメロン公爵もこの話をとても喜び、慎んでお受けするつもりだったのだ。第一王子との婚姻より余程、名誉なことだからである。


 しかし、国王がその話に待ったをかける。


 先代の聖女が高齢ながらもまだご存命なことを理由に、裏から手を回してもみ消そうと動いたのだ。

 最愛の側妃から生まれた第一王子を、権勢を誇る王妃の一族の魔の手からどうしても守りたかったのである。




 その結果、アンドレアの聖魔法は、いたって平凡な力しかないと言うように改竄され、ただの聖女候補の一人として扱われることになる。


 神殿からの反発もあり時間はかかったが、国王の当初の計画通り、表面上は問題なく第一王子の婚約者として指名される事になったのだった。




 ――そして、ロバートとアンドレアが共に八歳になった時。


 初めて二人は王宮にて顔を合わせることになる。


 完全に政略のための婚姻だったが、高位貴族の令嬢としてはそれも当然のこと。これからは婚約者として、王家に尽くしていかねばと思ったのを覚えている。




 ◇ ◇ ◇




「初めまして、アンドレア嬢」


「初めまして、第一王子殿下。お目通りが叶い、光栄に存じます」


「こちらこそ、お会いするのを楽しみにしていました。よろしくね」


「はい、殿下。よろしくお願いいたします」


 初めて会ったロバート王子は、アンドレアとよく似た煌めく金の髪と、澄んだ碧の瞳を持つ、幼いながらも人目を引く美しい容貌を持った少年だった。紹介された婚約者に、少しはにかみながらも挨拶をする時の、明るい笑顔は可愛いらしかった。


 母親を亡くし、寂しい思いをしていた王子は、国の守護聖獣である神竜と何度も会っているという、婚約者の少女と会うのを楽しみにしていたらしい。


 初対面の印象はお互い悪くなかったようで、緊張しながらも相手を意識し、ソワソワとしている微笑ましい雰囲気に、見守っていた大人達もホッと力を抜いた。




 挨拶を交わした後は二人だけにされ、春の花々が美しく咲き誇る王城の庭園を、時折言葉を交わしながら、王子の案内でゆっくりと散策する。


 つる状のバラを這わせて作られた、まるで絵本の中に出てくるようなロマンチックなパーゴラではティータイムも楽しんだ。

 王子が聞きたがっていた神竜の話題で会話も弾み、お茶会が終わる頃にはすっかり打ち解けあっていた。




 別れる際には、王子の母君がお好きだったと言う、庭園に咲いていた可憐なピンクのバラの花を自ら摘み取り、小さなブーケを作ると、少し恥ずかしそうにしながらもソッと手渡してくれる。


「今日、貴女に会えた記念にこれを……」


「まあ殿下、嬉しいですわ。ありがとうございます」


「これからも時々、この場所で会ってくれるかい? また、神竜様の話をもっと聞かせて欲しいな」


「はい、殿下。喜んで」



 ――王子が初めて彼女に贈った、可愛らしいプレゼント。これは長い間、アンドレアの大事な宝物となる。



 彼にとっても大切な母君との想い出のバラの花。その花が咲かない季節でもご覧になれるようにと、早速、押し花にして栞を作り王子にも差し上げた。


 優しい想いが込められた手作りの栞を受け取ったロバート王子は、彼女の期待以上に喜んでくれて、常に手元に置き、大切に使ってくれるようになる。そんな小さな事がとても嬉しかった。


 第一王子の身を守るためにと要請され、正式な聖女になる道を諦めて受け入れた政略結婚ではあったが、彼女はこの時、心が軽くなるのを感じたものだ。

 十七歳で正式な婚約式をするまでには、まだ沢山の時間がある。彼との間になら愛を育めそうな予感がして、期待に胸を躍らせた。


 ――この時には確かに、幼いながらも共に将来を生きていこうとする確かな絆と、暖かい信頼関係が二人の間に生まれつつあったのである。




 その後も王城にて、ロバート王子とアンドレアは定期的に交流を続けることになる。


 あの頃にはまだ、殿下より少し年長の優秀な少年たちが何人も周りに控えていた。婚約者と同様、幼少時からロバート王子と共に勉学に励み、信頼関係を築かせる為だ。将来を見据えての配置で、長じて後まで力になって貰おうと、苦心して王が集めた者達だった。


 アンドレアはそんな少年達とも交流を深めていく。共に第一王子を支える同士として、真摯にお仕えしようと誓い合ったものだ。




 だが、キャメロン公爵が後見についたとはいえ、建国以来続く名門一族出身である王妃の派閥の勢いを止めるのは難しかった。彼女の産んだ第二王子が成長するにつれ、その権勢は日増しに強まっていく。


 王家の血を濃く引き、希少な聖魔法の持ち主で聖女候補であるアンドレアを排除するのは厳しい。

 そこでまずは優秀な側近候補達に狙いを定め、第一王子から引き剥がして、彼を守る盾を一枚ずつ削いでいくことにした。


 王の目を掻い潜り、あれこれと搦め手を使って圧力を加えて揺さぶり、己の陣地に取り込み、結束を切り崩しにかかる……。


 虚像と裏切りの横行する王宮で守るべき母親もなく育った彼は、次第に疑心暗鬼になっていった。




 ――心から支えようとしたアンドレアや側近たちさえも、次第に信じられなくなっていってしまう程に……。






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