第3話 聖女



 ◇ ◇ ◇




 ――大陸の東に乱立する中規模国家の一つ、グローリア王国。


 神竜の庇護を受けたその国は、大陸でも有数の肥沃な大地を持つ、祝福された地だった。


 その豊かな富を狙って、近隣諸国から幾度となく争いを仕掛けられては、その度、神竜の加護と、それを増幅させる聖女の祈りの力で退けてきた歴史がある。




 ――十七年前、アンドレアはそんな王国に、王家の血を濃く受け継いだキャメロン公爵家の長女として生を受けた。


 祖父が先代陛下の弟君で、臣下に下る際に新たに創立された公爵家であるため、生まれ落ちた瞬間から王家に近しい家の娘として、国のために政略結婚の道具となることが決まっていた。


 その事について、悲観したことはない。貴族の娘の結婚とは家同士を結びつけるためのもので、多分に利潤が絡んでおり、その決定をする権利は一族を背負う家長にあるのだと教えられて育ったからだ。その時がきたらアンドレアも、粛々と運命を受け入れる覚悟だった。




 時が来て、たくさんの婚約者候補の中から最終的に選ばれたのは、第一王子であるロバート殿下。


 生母である側妃は既に亡くなり、後ろ盾を失った幼い第一王子を心配した国王が、キャメロン公爵家に庇護を乞い願ったのだ。野心家の王妃から息子の身を守るためである。


 王妃は第一王子の誕生から二年後に、成人すれば王太子になる予定の第二王子を産んでいたが、自分の息子より年長のロバートを警戒し、隙あらば排除しようと画策していた。


 この婚約は、そうした権力争いから王子を守るために、王家からの強い要請によって成立したもの。

 娘を気苦労の多い立場の王子に添わせることに難色を示したものの、陛下から直接、よろしく頼むと頭を下げられたキャメロン公爵は断りきれなかったのだと、妻に告げたという。







 二人がある程度成長し、そろそろ正式な顔合わせの場を整えようとしていたその時、一つの問題が立ちふさがる。



 ――アンドレアが稀少な聖魔法の使い手だと判明したのだ。それも聖女クラスの……。



 この国では貴族の子女は五歳の誕生日に、平民は十歳の誕生日に、それぞれ神からどのような能力を授かったのか、最寄りの神殿で鑑定を受ける。

 ちなみに貴族の子女の年齢が平民よりも低いのは、幼少期より十分な基礎教育を受けて育ち、早熟な為である。




 ――「神々の祝福」と呼ばれているこの能力判定。


 彼女も五歳の誕生日が来ると、皆と同じように祝福を受けに神殿へと足を運んだ。


 向かったのは、王都の外れに建つ大神殿。


 そこの「鑑定の間」には、古代遺跡から出土したといわれる、大きな球形の水晶が設置されていた。

 無色透明なこの水晶球こそが能力判定の強力な魔道具で、常より多い魔力を持つ子や、複数の属性持ちの子が生まれることが多い、王侯貴族の子女を鑑定するのに相応しかった。


 何故なら、街中の神殿に設置されているような小さな普通の水晶球では、複雑な属性判定などは不可能な上、魔力量が膨大過ぎる場合も耐えきれずに割れてしまうからだ。




 グローリア王国では高位貴族ほど魔力総量が多く、アンドレアにはその頂点に立つ王家の血が入っている。魔法の素質の高さは、誕生してすぐに行われた魔術師による簡易検査でも分かっていた。


 その為、物心がつく頃には既に魔力制御の教育が始まっており、誤って魔力を暴発させないよう、慎重に無理なく鍛えあげられていったのだ。


 教師陣を通じて、日に日に魔力の質と量が上昇を続けていることは公爵夫妻にも報告されている。

 普通の鑑定水晶では確実に壊れることが分かっているので、正確な魔力値を測るためにも、アーティファクトの鑑定水晶を持つ大神殿に来るしかなかったのである。




 使用者の魔力を感知し、属性によって放つ色を変えるこの水晶は、遥か昔、高度な技術で作られたという強力な魔道具だ。


 古代には今よりも大気中に魔素が満ち溢れていて、力のある素材や優秀な魔法使いも多く、強力な魔道具を作れる下地があった。

 この大きさの鑑定水晶を作成するには術式が難しく、現代での再現はほぼ不可能だと言われている。




 国に一つしかない、稀少で高価なアーティファクトの鑑定水晶が設置されている、鑑定の間。

 そこへ両親と共に赴いたアンドレアは、設置されている水晶玉に近づく。


 「神々の祝福」を受ける運命の瞬間だが、公爵令嬢として育てられてきたアンドレアだ。特に気負うこともなかった。


 そのままソッと手を伸ばし、事前に教えられた通りゆっくりと魔力を流し始める。


 こうして水晶に魔力を注ぐことで、魔力総量と適性属性が判明するのだ。濃く色づくほど魔力値が高く、重複属性持ちは複数の色に染まる。



 アンドレアの場合、魔力総量の多さからすぐに反応がでた。



 パアァァァッーー!!



 彼女の魔力を感知した途端、水晶玉は眩いばかりに輝きだす。


 部屋中に、溢れんばかりに放たれたその光……。


 ――色は、白一色。


 これは聖属性魔法を示す色。一色のみということは他の属性魔法は使えないが、その分、聖魔法の純度が高いことを意味している……。



「おおっ、素晴らしい!」


「何という光量の多さ……。これ程純粋な能力の持ち主など、近年なかったのではないかっ?」


「その上、たった五歳でこれ程の魔力量をお持ちとは……信じられないっ」


「これはもしや、聖女様のご誕生ではないか!?」


「さすが、王家に近しい血筋のご令嬢じゃ。何とめでたい!」


 授かることが少なく稀少な聖魔法の持ち主の上、聖女クラスの素質まであることが判明し、それまで固唾を呑んで成り行きを見守っていた周囲の神官達が沸き立った。


 聖女となって守護聖獣に仕える役目には、何故かいつもアンドレアのように王家の血を濃く引く令嬢が選ばれる。その為、今回の鑑定結果に立ち会った彼らは、次代は当然、彼女が聖女として望まれるだろうと確信したのである。




 早速、聖属性魔法の素質が判明した者の義務として、この国の守護聖獣である神竜様の元へ、お目通りを願うことになった。


 両親に見送られ、アンドレアは一人、神官達に連れられて大神殿の奥へと進む。

 奥宮を通り抜け外に出ると、視界いっぱいに神竜様の住まう大きな湖が広がった。蒼く透き通った湖面に、キラキラと陽光が反射しているのが神秘的で美しい。


 いよいよこれから、この国の子供たちなら必ず一度は聞かされる、伝説の守護聖獣様にお会い出来るのだ。限られた者しか入ることが許されない、神聖で美しいこの場所で……。


 ――期待に胸が高鳴った。





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