第6話 決別



 ◇ ◇ ◇




 ――政略結婚に愛を求めてはいけない……。


 そう教育されてきたにも関わらず、幼き日々の優しい思い出が希望を持たせ、邪魔をしていたのだけれど……。

 脇目も振らず国の為、王子を守る為にと努力してきた結果が、この理不尽な婚約破棄宣言ですもの。淡い初恋も冷めるというもの……。


 本来はわたくしとロバート第一王子の婚約式前夜を祝うために開かれたはずの舞踏会で、よもやこのような辱めを受けることになるとは……。


 不幸な生い立ちの王子には同情の余地がないとはいえませんが、こうなってはもう、わたくしも僅かに残っていた幼馴染みとしての情とも決別し、キッパリと腹を決めることに致しますわ。




 ベビーピンクの砂糖菓子さんに踊らされ、盛大にやらかしたこのお馬鹿さんはもう、見捨てさせていただくとしましょう。


 どうやら殿下は彼女に夢中になってのめり込んでしまわれたこの半年間の内に、真実の愛のためならば、キャメロン公爵家という絶対的な守りの盾がなくなっても一向に構わないとお思いになったようですし……ね?




 ――そもそもこの婚約は、国王陛下自らが決められたもの。



 最愛の側妃の忘れ形見である息子の命をおびやかす、王妃の一派から守るための大切な婚姻だ。

 本人の資質や実家の力などを総合的に鑑みても、アンドレア・キャメロン公爵令嬢以上にふさわしい相手は、この国にいるはずもなかった。

 第一王子と公爵令嬢だからこそ成立したもので、双方ともに自由な拒否権など無いに等しい。



 ドリー男爵令嬢の誘惑に溺れ、すっかり頭がお花畑状態になって腑抜けてしまわれた今のロバート王子には、残念ながらそれらの事情がすっぽりと頭から抜け落ちてしまわれたようですけれど……。




 ――殿下は母君のご苦労をもう、お忘れになってしまわれたのでしょうか。


 母君に向けられる陛下のご寵愛の深さが気位の高い王妃様の逆鱗に触れ、大小様々な圧力を受け続けた。その結果、心身共に深く傷つき疲れきってしまわれて……長年に渡るご心労が寿命を縮めることとなってしまい、早くに亡くなられてしまわれたというのに……。


 伯爵令嬢だった側妃様でさえ、王室に入られて散々苦労なさったのだ。


 ましてや彼女は男爵令嬢。貴族としては最下位の爵位出身で、おまけに母親が元娼婦の平民と突っ込みどころしかない。しかも妾ではなく、正妃として迎えるという……。


 まあユーミリア嬢は儚げな外見と違って上昇志向の強い、したたかで狡猾な方のようですから、難なく乗り越えられるかもしれません。


 ――お二人が、婚約破棄後も無事に生きていられれば……ですけれど?




 後ろ盾を失った王子と様々な貴族から恨みを買っている男爵令嬢では、王妃様はもう一切、ご遠慮なさらなくなるでしょうから。 精々お気をつけあそばせ。


 今も扇で上品に口元を隠し、泰然と座っていらっしゃいますが、目障りな第一王子を堂々と排除出来るまたとない機会に、溢れ出る愉悦を隠しきれていません……。


 憎い側妃の子で、ご自分の子である第二王子の立太子を邪魔する可能性のある唯一の存在だった第一王子。

 その王子自らが、キャメロン公爵家の後見を放棄するという失態を犯してくださったんですもの。


 ……笑いが止まらないでしょうね。




 元よりこの婚約に反対だった私の両親は、長年庇護してきた王子から事前の相談もなく突然、このような公式の場で一方的に体面を汚され、静かに憤っておいででしょう。

 けれど、最終的にはこれで聖女への道が開けたと歓迎される筈です。殿下に愛想が尽きた今となっては、わたくしも嬉しいですけれど……。




 今までなら、もしロバート王子が、わたくしとの婚約を破棄し、お気に入りの男爵令嬢を王子妃にしたいと訴えたとしても、国王陛下が許すはずもなく、白紙に戻すことなど


 しかし、こうして衆人環境の中で行われてしまった為に、いくら第一王子個人の婚約破棄宣言に効力はないといえども、国王陛下でさえ婚約の継続と第一王子の地位を庇いきることは難しくなったはず。




 この状況を利用し、如何にしてキャメロン公爵家に有利となるよう話を運ぶか、そして聖女として返り咲けるか……腕の見せ所ですわねっ。


 お父様の方をちらりと見たところ、やったれというような心強い視線をいただけた。


 ――お任せくださいませ……。


 公開処刑のようなこの状況を、見事ひっくり返してご覧にみせますわっ。





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