星気組成

シロの森には

星素粒子が満ちていた。


昔、街の空気には何パーセントかの星素粒子が含まれたけれど、最近ではそんな街はまれだ。


一説によるとそれは、夜行性と夜光性とを勘違いした輩が、街にネオン瓦斯をまき散らしたせいだという。


さて、僕はこのシロの森で一人の少女を探さなくてはならない。封筒には宛名さえ記されておらず、手がかりにならないので森に尋ねてみることにする。


森は膨大な記憶の集積で、さらなる記憶を求めている。


星素粒子を胸一杯に吸い込むと、

森の記憶と僕の記憶が交感する。

僕は自分の記憶の幾らかを森に伝え、

そのかわり、少女に関する記憶を森から分けてもらう。


森に伝えた僕の記憶が、

星素粒子の霧に投影される。


僕はその頃、

ある宇宙飛行士に憧れていたけれど、

古い腕時計を気にしすぎて

言葉を失った僕は、

彼の自由な魂を傷つけてしまった。


自ら消し去ったはずの忌まわしい記憶をどうしてこんな時に思い出したのだろう。


その記憶の中には

一人の少女の姿もあった。


少女は、裸の白熱球のようで、いつでも僕の近くで温かい光を放っていた。


けれども、僕はこれまで彼女に気付いたことはなかった。


シロの森から得た少女の記憶と、目の前に映る僕の記憶は重なり合って、

一つの歴史になる。少女はいつもこの森の奥から僕のことを見つめていたのだ。


二つの記憶の中の一人の少女を意識しながら、僕は森の奥へ向かって、道無き道をのぼり続ける。



不意に、猫が鳴いた。

ここはもう森の深み、

丘の頂上にも近い場所だ。

僕は慌てて鳴き声のする方へ向かう。


そこは、円い広場で

頭上にはぱっと星空が開けていた。

背後から月光が差し、地面に木々の陰をうっすらと映している。

銀色猫は僕の姿を確認するや否や

円の中心に向かって逃げて行った。

広場には星素粒子が渦を巻いて回っている。そして、その小さな銀河の中心に立った、記憶の中の白熱球の少女は、やっぱり、じっと、僕のことを見つめていた。



僕は、彼女に近づいて、

手紙を手渡した。


そのとき初めて封筒の小さく書かれた宛名に気付く。それは少女の出した、僕宛ての手紙だった。宛先不明で帰ってきたその封筒には、握り拳ほどの大きさの光の珠が三つ入っていた。


彼女は、

光の珠を優しく両手で包み込む。

それは、

僕のなくした言葉の欠片、

僕のなくした記憶の欠片、

僕のなくした魂の欠片。


僕のずっと忘れていたものたちを持っている彼女は、いったい何者なのだろう。


銀色猫のくわえた水晶片を返してくれと少女に伝えたとき、少女の足元にいた猫は、すぅっと姿を消してしまった。ちょうど月は森の影に隠れ、広場に差し込む光も消えている。そして、その場に残された僕の水晶の欠片は、星素粒子の渦に紛れ込んで区別が付かなくなってしまった。


チ、チッ、、チカッ、、

壊れた水晶燈の明滅信号は、

三つの光球の輝きと同調していた。

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