シロの森へ

天輪羅針儀は人によって形が違うらしい。それは気圏予報士の持つ水銀計や

夜間飛行で凍った電氣針のようだとも言う。


僕は、天輪羅針儀を探していた。どこか遠くへゆきたい子供なら誰だって願うこと。だから今日も図書館で、その在処を調べている。


僕のお気に入りの水晶燈は、砂糖壜のような硝子細工だ。小さいころ買ってもらったわりに中々の等級だけど、だいぶ時代遅れだった。それが今、僕の本を読む明かりとなっているのは、水晶燈が天輪羅針儀の動力になると信じているからだ。



図書館からの帰り道、水晶燈を手に提げていた僕は、飛び出してきた猫に驚いて手を離してしまった。


灯の点いたままの水晶が転げ落ちて、コンクリの地面に当たり、クシャ、と小さく音をたてて砕けた。


銀色の猫は素早くそれに飛びつくと、水晶の欠片をペロリと舐めて、そのままくわえて走り去ってしまった。

まってくれ、

それは大切な動力だ。

それがないと、

天輪羅針儀は動かない。


僕は、銀色猫を追いかけた。


とりあえず、残った破片を水晶燈へ戻してべた。欠けた水晶の発振は、ガラス越しの光を不規則に明滅させた。まるで壊れたままの時計を着けた気分で、足元がおぼつかない。


夕暮れの街をゆく人たちが笑うだろうかと思ったけれど、誰も僕には気がつかなかった。そのときようやく僕は、水晶燈を壊した子供が幽霊になる、ということを思い出した。


猫だけが僕を見ているようだ。

猫が幽霊を見ることができるという噂は、本当であるらしい。



幽霊の感覚はいつもの街を別の姿に見せる。案の定、道に迷った僕は、郵便ポストの上にいる三毛猫に水晶片をくわえた銀色猫の行方を尋ねた。


幽霊なんかには答えられないと三毛猫がいうから、僕は水晶片を取り戻したらたくさん手紙を書くと誓った。この三毛猫は年老いたポストマン氏の飼い猫だ。氏はいつも手紙を書く人間が少なくなったことを嘆いている。


三毛猫いわく、

銀色猫はシロの森へ向かったという。


シロの森は遥か北の丘の、北極星の真下にある原生林だ。シロの森に足を踏み入れた者は古い魔法にやられてしまうというけど、幽霊とは魔法であるという話をどこかで聞いたのできっと大丈夫だろう。


(だとすると、あの銀色猫も魔法の一つなのだろうか。)


街を出ると、感覚の混乱はなくなった。街路沿いのアーク燈は幽霊の天敵だったらしい。



シロの森までは星が導いてくれる。北極星が中心の星図はどんな地図よりも正確だ。胸元でちかちかしている壊れた水晶燈の光に気を取られて星を見失ってしまわないように、僕はただ夜空だけを見つめて、北へと歩き続けた。


シロの森の入口では、件のポストマン氏が立ち往生していた。氏は、この森に住む少女に手紙を届けたいけれど、古い魔法のせいで中に入れないのだという。


僕は幽霊だから大丈夫ですと請け負うと、氏は感謝してその少女が銀色猫の飼い主であることをそっと僕に教えてくれた。


手紙を僕に託したポストマン氏は、まだ仕事が残っているといって三毛猫の住む街へと帰って行った。


それにしても、どうして、氏には僕の姿が見えたのだろう。

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