エピローグ-57
「……わかりました」
ナギサはPDAを取り出し、一通のメールをリューに示した。受信したのは一時間ちょっと前で、リューから見ればちょうどナギサの様子がおかしくなった時刻と一致していた。
「これ、差出人の欄……」メールを見たリューは、ナギサに驚愕の眼差しを向けてきた。「シャークって、どういうことですか。彼はミハイルの手にかかって死んだはず……」
ナギサは黙って首を振ったので、リューはメールに目を戻した。その文面はこうだった。
『ナギサへ。
今更こんなメールを送って、本当に悪いと思っている。
できることなら、おまえをこれ以上傷つけたくなかった。
でも、そういうわけにもいかなくなったんだ。
今こちらはPネットの中なんだが、PDAコーポレーションの社員にやられたって奴が近くにぞろぞろ現れてな。そいつらに聞くところによると、現実世界でPDAコーポレーションの周囲のDゲートが消えたということだ。大方、そちらにも報告がいってるだろう?
それで頼みがあるんだが、宇宙ステーションに残しておいた俺のバーサーカーを、今こそPDAコーポレーションを標的にして発射してほしいんだ。もし今宇宙ステーションにいないのなら、《チルドレン》にでも頼んでくれ。
辛いのはわかるよ。四十年前にヘルを発射した後、おまえがもはや笑わなくなったと聞いて以来、俺も心の底から笑ったことは一度たりともない。
だけど、それでも俺はもう一度、同じことをもう一度やってくれ、とあえて頼まなくちゃならない。
今が最後のチャンスなんだ。Dゲートが消えた今PDAコーポレーションをやらなくては、四十年前に俺たちがやったことも含めて、全てが無駄になってしまう。
俺を憎んでいるだろうな。女性だけは大切にしようとずっと思ってきたのに、これだもんな。心底嫌になっちまうよ。ちっくしょう。
ともかく、確かに頼んだからな。シャーク』
メールを読み終えた後も、リューはしばらく放心状態にあった。頭を抱え、静かに独り言を繰り返す。
「馬鹿な……生きていたのはいいが、まさかあいつが水爆事件の主犯だったとは……」
「彼がPDAコーポレーションの社長の襲撃に失敗した後どうしたか聞いていますか?」
「え、ええ。Pネットにしばらく潜伏した後、現実世界に出て、暗殺者を避けるために顔を変えたとか」
「そうです。現実世界に出た彼を安全に保護し、整形手術を施し、予後に至るまで無償で面倒を見たのが我がフェニックス・コーポレーションでした。その縁で、彼はときどき私の宇宙ステーションにやってくるようになったのです」
「そんな。それなりに責任感を求められる職務についておきながらときどき姿を消すものだから何度も文句を言ったものですが、そのたびにあいつは『旅行に行くのが俺の趣味だって知ってるだろ。休暇をどう使おうが俺の勝手だ』などと言っていました。私が嘘を見破れなかったということになる」
「それだけ彼も本気だったのでしょう。ひとつの目的を達成するために彼が発揮する精神力は知っているでしょう。そのためなら、決して見破られない嘘をつくことくらい彼にとっては朝飯前だったに違いありません」
「そうだったんでしょうか……」相棒に裏切られた気分になっているのだろう、リューは残念そうな表情を浮かべていた。「ああ、すみません。続けてください。彼のその後について」
「彼はもともと核兵器でPDAコーポレーションを襲撃しようとしていたくらいですから、そういう分野においては最初から十分な知識を持っていました。それでも当初は、PDAコーポレーションに核爆弾を投下しようなどとは思っていなかったようです。その頃にはとっくにタイマが核兵器廃絶を成し遂げていましたから、核爆弾を作るための施設もなければ、資源調達もできない、作ったとしても落とす手段がない、とないない尽くしだったという背景もあるのでしょうが。
ところが出生率が突然ゼロとなり、同時にPネットに入った人間が二度と戻ってこなくなったのが四十一年前です。以前からシャークも私も、PDAコーポレーションに対しては強い不信感を抱いてきましたが、これは決定的でした。PDAコーポレーションを滅ぼさなくては地球の人間に未来はない、ということで意見が一致しました。しかし、全人類がPDAコーポレーションの恩恵を受けているのが現状ですし、社員たちは強力で簡単には手を出せません。私たちは、いったいどうしたらいいのか?
そんなとき、シャークがまるで天啓でも降りてきたかのように閃いたのです。シャークの頭が、ここぞというときにどれだけ回るものか、長らくそばで過ごしてきた貴方には良くわかっているでしょう」
「ええ」リューは恐ろしいものについて語るかのような表情で頷いた。「あいつは天才ですよ。いつもはあんなにふざけているのに」
「彼が思いついたのは、この宇宙ステーションで核爆弾を作ることです」
ナギサが厳かに言う。まさにその宇宙ステーションから水爆を投下したばかりであるので、勿論リューはそこまで驚かない。ええ、と頷いて続きを語るよう促してくる。
「この宇宙ステーションは私個人の所有物ですから、核爆弾を作るための施設を作ったところでそれを弾劾する人間はいません。そもそも、核廃絶から二十六年の時分に、宇宙で密かに核爆弾を作っている人間がいるなどと誰が想像するでしょうか?
核爆弾を作るための資源として主に利用したのは、月のヘリウム3です。この物質は地球上にはほとんどないものの月には豊富にあるのです。ですから、私は時折宇宙ステーションから月へ《チルドレン》を送り込んでは、ヘリウム3を採掘させていました。シャークがそれらを使って作った二基の水爆がヘルとバーサーカーです。両者は姉妹基とされているとはいえ、製法が別ですから性能は全く異なります。起爆剤として原子爆弾を使っているヘルと、レーザーを使っているバーサーカーです。
宇宙ステーションで水爆を作る利点はもうひとつありました。わざわざミサイル発射施設を作らなくとも、コンピュータで座標を指定してカタパルトから射出するだけで目標の頭上に爆弾を落とすことができるのです……今し方、私がやったように。
あのとき、私とシャークは二人で、まさに今いる場所で、水爆二基のうち、ヘルの方を射出しました。爆心地となるPDAコーポレーションに確実に壊滅的打撃を加えるために。しかし、結果は誰もが知る通りでした」
「突然DゲートがPDAコーポレーションを覆ったために、失敗に終わったと。その先は言わなくてもわかります。いつかDゲートが消えたときのためにバーサーカーを温存しておいたのですね。四十年もの間。そして今に繋がる、と」
「ええ。これで私の説明すべきことは全てです」
「……そうですか。まあ、嘘も交えていなかったようですね」
リューは窓の外の宇宙と自分のPDAの画面を交互にちらちらと見ながら、何か色々と考えを巡らせているようだった。頭を抱えて、呆れ果てたように長いため息をつく。
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