第五章-51



 数分後、トレーラーは後方の集団と足並みを揃えて、PDAコーポレーションの正面玄関前へと到着していた。


 トレーラーから出ると、人々の一様な歓迎の眼差しがこちらにらんらんと注がれていることに気付いた。彼らはまさしく、思考停止して指導者の導きを従順に待つ群衆そのものであった。自分の呼びかけによって集まった集団とはいえ、タイマは歴史上幾度となくこの種の人々が繰り返してきた過ちを思い返して、若干の気味悪さを味わった。ここに至って、まさに自分たちの意思が全体の総意に直結しており、すなわち自分たちこそが世界にとって最も重要な人物であることを二人は思い知らされたのである。それは心の弱い者にとっては独裁者への道を歩ませることにも繋がりうる危険な感覚だった。


「さて、ここからどうする?」


 デイタが慎重に問うてきた。これだけの人数を引き連れていては、二人の間での意見の僅かな不一致が致命的になることもあると思慮したのだろう。


「僕は、少々乱暴なやり方とはいえ、このまま押し入って社長をとっ捕まえて、この世界のデータ化というのをこれ以上進めることができないよう封じておくべきだと思うね。タイマは?」


「えっ。いや、しかし……Dゲートが消えて踏み込めるようになったとはいえ、俺はあくまでデモを指揮しに来たんであって、暴力を振るって無理矢理押さえつけるというのはどうかと……」


 遠慮しがちにそこまで言ったところで、本社ビルの正面玄関からミハイルが現れた。こちらを睨んでいた。そして大声で叫んだ。


「社員達よ! どんな手を使っても構わない! このPDAコーポレーションに踏み込もうとする馬鹿者共を、全員まとめてPネット送りにしてやるのだ! 数だけこんなに揃えたところで、我々は屈しない!」


 何のアピールのつもりか、ミハイルは頭上に向けて空砲を撃つ。それからそそくさと引き返してビルの中に戻っていった。


 それを見た直後、タイマとデイタは同時に顔を見合わせた。そして同じタイミングで、二人は底意地の悪そうな笑みを向け合った。


「なあデイタよ。何だか俺はおまえのやり方に賛成したい気分になってきたぞ」


「そうだろうと思ったよ。やはり、アルカを残して正解だったようだね」


 デイタは既にPDAを操作し始めていた。タイマもまたそれに倣う。指示をひとしきり終えると、タイマはひとつ深呼吸をした後で、大きく声を張り上げた。


「全軍、突撃!」


 タイマが走り出すと、大歓声が上がり、大勢がそれに続いた。太古の昔から、恐れを知らない将たちが一様に味わってきたであろう興奮を、このときタイマもまた感じていた。後ろを振り返って様子を確かめる。既に将棋倒しがそこかしこで発生し、Dゲートがいくつも開いていた。鬼気迫る黒山の人だかりは、タイマのすぐ後ろにまで迫っている。それを一目見た途端、タイマは追いつかれまいと死にものぐるいで走り始めた。



 エレベータは社員たちによって事前にワイヤを切られ、かごを落とされてしまっていたため、必然的に中央吹き抜けを四方から囲む階段を上ることになった。その過程で、タイマとデイタは先頭を突っ走るのが自殺行為であることをすぐに知った。


 吹き抜けの上の方から、何十人ものスナイパーがこちらに狙いをつけていたのである。明らかにタイマやデイタを狙った数十発の射撃が階段をえぐったのち、タイマとデイタはとっさに後退して人の山に紛れた。瞬く間にもみくちゃにされ、一瞬右も左もわからなくなったが、すぐに十人ほどがなした輪に囲まれ二人とも保護された。上方からだけでなく、付近からも複数の銃声。どうやらDゲートから取り出した銃を使って反撃している者が多くいるらしい。撃たれているからといってパニックを起こす者が少ないのは頼もしい限りだ。


「Dゲート……そうか今は使えるのか……」タイマの隣で、デイタが息を整えながら呟いた。「それより、まずい。スナイピングなんか可愛いもんだよ。機関銃、手榴弾の他、もっと手軽にこちらを処理する方法は山ほどあるぞ。ミハイルの射撃だって言わずもがなだ。一刻も早く防がないと大変なことになる。現状有効な手段は……」


 言い終える前に、デイタは大急ぎでPDAを使って連絡を飛ばした。数秒後にはまばらに、そして数十秒後には十分な数のDゲートが頭上に展開された。個々人が操るものであるので、隙間なく空間に敷き詰めるということはできていないが、これで周囲に降り注ぐ弾は十分防げることだろう。


「やるな、デイタ。よし、これを慎重に動かしつつ前進しよう」


「待つんだ。先に仲間を十分に先行させよう。下に遮蔽物はほとんどないが、上にはたんまりある。まだまだ潜んでいる社員が大勢いるはずだ。仲間の数は即ち肉の壁の数であり、身を守るDゲートの枚数でもある。最上階までたどり着かなきゃならないっていうのに、途中で前の仲間が全滅したら話にならないぞ」


 PDAのネットワークを介して、尻込みせずどんどん階段を上るようにという指示を出すデイタを見ながら、タイマは言った。


「……前から思ってたけど、おまえって結構非情だよな」


「なあに、目的達成の為にはやむを得ないさ。だからこういうこともできる」


 デイタは自分のDゲートからスナイパーライフルを取り出した。丁度ミハイルが使っている型にそっくりだった。デイタは頭上を覆うDゲートとDゲートの間の僅かな隙間からその銃口を突き出すと、狙いをつけるのもそこそこに引き金を引いた。それからすぐにライフルを手元に戻し、手際よくボルトハンドルを操作して次の弾薬を装填した。


 一連の動作にデイタがかけた時間は僅か十秒程度だった。弾が飛んでいった方向を見ると、ビルの四階でDゲートが新たに開いているのが見えた。


「ざっとこんなもんか」


「凄いな、おまえ。射的の腕は現実世界でも健在か」


「人生のうち正味二十年以上をシューティング・ゲームに費やしてきたからね。これくらい、わけないさ」


 デイタが得意げに髪をかき上げた。タイマは複雑な表情で頷いた。


「腕前も素晴らしいが、実銃をためらいなく撃てるっていうのもな。俺には無理だ。Dゲートがあるから死なないってわかってても、それでもどうしても撃てないんだ」


「……タイマは優しすぎるな」デイタは少し考えてから、銃の各部を軽く点検しながら言った。「でも、それでいいさ。銃を撃てない奴がいて初めて、世界は良い方向へ向かい始める。そういうものだ」


「……そうかな」タイマは首をかしげて、デイタが撃った社員がいた方向を眺めた。既にDゲートは消えている。しかし、その場所で何かが光っている。「待て。あれは何だ」


 そのピンク色の光はすぐに大きくなり、Dゲートを形作った。そこから機関銃を担いだ社員が一人出てくる。他人事のように眺めていると、即座に目が合った。


「しゃがめ!」


 デイタがタイマの肩を抱き、そのまま地面に身を踊らせた。そこに大量の銃弾が降り注ぐ。デイタがその体勢でライフルを構え、Dゲートの合間から一発撃つと、銃弾の雨は熱帯のスコールのようにぴたりと止んだ。


 立ち上がって服についた埃を払う。頭上に敷き詰めたDゲートのおかげで何とか無事に済んだが、二人を囲んで人波から護ってくれていた面々はほとんど助からなかった。


「これは、まずいな」


 タイマが改めて言うと、デイタは、


「ああ。間違いなく同一人物だよ。早くここから動かないとまたやられる」


「しかし、あいつを倒してからまだ一分くらいしか経っていないだろ。一度Dゲートを使ってしまうと、三時間は戻れないんじゃないのか」


 タイマが話しているのは宇宙船内で受けた報告のことである。いくらDゲートがあるからといって、同じ場所にすぐに戻れるわけではないということが有志の実験によって突き止められていたのだ。


「考えられるのは、僕たちとあいつらとで、利用しているDゲートのシステムが違うということ。同じパワーを持つ二つのシステムがあるとして、そのうちひとつを奴らが占有しているとすると、復帰がこんなに早いのにも説明がつく」


「ふむ……こっちは何億人もでひとつのシステムを共有してるわけだからな」


「となると、数の利が圧倒的にこちらにあるとはいっても、必ずしも安心はできないな……」


 話し合っているうちにも、さっきの社員が再び現れた。今のうちに少し移動しておいたため、こちらを補足しきれておらずきょろきょろしている。そのまま観察し続けていると、こちらを探すのを諦めて先頭集団に向けて撃ち始めた。それをデイタが再び数発の銃弾によって黙らせる。


「タイマ。君はそろそろ階段を上り始めてくれ」


「下に残る気か?」


「ああ。奴らの狙いは僕たち二人のようだから、このまま固まっているのはあまりに危険だ。僕は下から援護するから、最上階まで急いでくれ」


「……ああ、わかった。幸運を祈るぜ」


 デイタは軽く頷くと、Dゲートからアーモボックスを取り出して本格的に交戦準備に入った。タイマはそれをぼうっと見守ることなく、「Dゲート! Dゲートを出せ! 頭上から離すな!」と大声で叫びながら階段を駆け上っていった。

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