第四章-44
「……それで。今、他のグループのリーダーとコンタクトを取れるかい?」
「初めてグループ分けを行うまでに一緒だった人たちと、これまでに勧誘してきた人たちとは即時にコンタクトできるけど、それ以外は無理ね」
「ったく、仕方ないなあ」デイタは呆れたような身振りをして、それからきりっとした表情で指示を出し始めた。「これから僕がローカルネットワークを開設するから、君がコンタクトを取れるグループリーダー全員に、それに接続するようにという内容のメールを送ってくれるかい。それから、同内容のメールを、自分が関わった全てのグループリーダーへそのまま転送し、その後自分のグループの成員全員にも同ローカルネットワークに接続するようお達しを出すように言ってくれ。あと、グループリーダーには位置情報及び移動軌跡のデータへの外部PDAからのアクセスを許可するように指示するんだ」
そう言うと、デイタは早速PDAを操作し始めた。ステラはその様子をぼーっと眺めていた。デイタは怪訝な顔をしてそれを咎めた。
「何をやってるのさ。早くしてくれよ」
「いや……やっぱり大勢の人を感化させる人は一味違うな、と思って」ステラは頭をかきながら、歯を見せて笑った。「これからは頼りにさせてもらうよ、総リーダー」
「その呼び方はよしてくれ」実はまんざらでもなかったのだが、デイタは苦笑した。「そういえばまだ教えてなかったね。僕の名は、デイタだ」
デイタの開設したネットワークに最初に接続したのは、ステラのグループの成員たちだった。それから数分と経たないうちに、見知らぬ人々が疾風怒濤の勢いでなだれ込んでくるようになった。
異変が起きたのはそれから一時間半ほど後のことだった。
そのときローカルネットワークへの接続人数はまだまだ上昇を続けており、まもなくそれが四百万に達そうとしていた。
突然、デイタのPDAのパネルに灰色のノイズが入った。それは荒波のようにパネル上を駆け回って瞬く間にそれを席巻し、とうとう不気味にうねる灰色以外は何も見えなくなってしまった。
ステラや他の面々のPDAでも、どうやら同じことが起きているようだった。PDAコーポレーションによる妨害工作だろうかと訝ると戦慄が走る。固唾をのんで見守っていると、しばらくしてノイズはサーッと引いていった。だが、開いていたはずのローカルネットワークの設定画面は戻ってこなかった。その代わり、パネル上にはタイマの顔が表示されていた。
驚いたステラが何か話しかけてこようとする。デイタは黙ってそれを遮り、パネルを注視し続けた。少ししてから、タイマが話し始めた。
「えー、もう聞こえてるんだよな……。こんにちは、現実世界の皆さん、そしてPネットの皆さん。私の名はタイマです。ご存じの方も多いでしょう。私は三十三歳の時、この世界から核兵器を廃絶させることに一端は成功しました。そしてその後、Dゲートを利用してPネットに入ってしまったのですが、今年になって親友の手を借り、現実世界に復帰することができました。それによって、改めて現実世界の素晴らしさに気付くことができたわけですが、皆さん全員のPDAに直接言葉をお届けできる時間は限られているとのことなので、そのことについては省略して本題に入ることと致します。皆さんは、PDAコーポレーションが現実世界をデータ化しようとしていることを知っていますか。それは六月十五日に行われる予定だということです。しかし、これは現実世界の良さを損なう行為だと考えています。現実世界には、確かにPネットと比べて不便なことも多々あります。しかし、現実世界は現実だということにおいて何にも代えがたい価値をもっています。現在Pネットにいる方々も、全身に心地良い風を浴び、草をかき分けながら草原を駆け下りる喜びを覚えていらっしゃるでしょう。データ化というのは、そのような体験の可能性を根こそぎ、数値の羅列によって象られる作り物に変えるという暴挙なのです。ですから、私はそれに抗議したい。ところが、少人数での抗議など、PDAコーポレーションは全く相手にしてくれません。それどころか、ミハイルという人の道にもとる殺人鬼を差し向けてくるほどです。千二百万人の人々をPネット送りにしたミハイルがPDAコーポレーションの社員である証拠は、私の親友であるデイタが命に換えて手に入れてくれました。私は、死んでいったデイタの想いに応えるため、何が何でもPDAコーポレーションの企みを阻止しなくてはなりません。そのためには、あなた方の協力が必要不可欠なのです。どうか私と志を同じくする方々は、立ち上がってPDAコーポレーションへのデモに参加してください。
Pネットの方々へ、私はそのための手段を用意しました。皆さん、この通信が終わったら、PDAのホーム画面を見てください。Dゲートが使用可能になっているはずです。それを使って、現実世界に戻ってください。できれば自分の個人領域に眠っている、必要になりそうな物資を適宜持ってきていただけると助かります。現在接続が可能な座標は、北緯35.63~35.65、東経139.79~139.81となっています。なお、現実世界に来た後でも、Dゲートを使えばやはりいつでもPネットに戻れますのでご安心ください。
現実世界の方々へ、多くの国及び地域では、臨時の航空路線や水上路線が格安、または無料にて用意されていることと思います。同座標へお向かいください。どうかくれぐれもお願い致します。
私は現在訳あってフェニックス・コーポレーション所属の宇宙ステーションにおりますが、明日の朝に現地へ向かい、デモに参加するつもりです。それでは、ここでいったんお別れしましょう。一人でも多くの方と、明日改めて出会えることを願って。最後に、忙しいところをお騒がせして申し訳ございませんでした」
通信が終了し、ディスプレイに表示されるのがローカルネットワークの設定画面に戻っても、デイタは呆けたように画面を見つめるばかりで動こうとしなかった。ステラがおずおずとその肩に触れると、デイタの身体が驚いたようにびくっと震えた。
「あははははっ」
それからデイタは突然高らかに笑い出した。
「凄い……凄いよタイマ。本当にたいした奴だ。流石は僕の親友。やっぱり総リーダーは僕じゃない。君だよ!」
昂ぶった気持ちのままに独り言を言いながら、デイタはローカルネットワークの画面を確認した。接続人数の増加速度はますます速くなっていた。それからデイタはステラの方に目を向けた。
「これだけの人数がいれば、とりあえずは十分だろう。ローカルネットワークを通じて、必要なだけのブリーフィングを済ませてから、タイマが使えるようにしてくれたというDゲートを使うように指示して、現実世界で集合してからデモに参加することにしよう。場所は……まあどこでも大差ないか。北緯35.645、東経139.805辺りで」
「了解。それにしても……あんたってタイマと友達だったんだ。あたし、タイマが活躍したとかいう時代にはまだ生まれてなかったからさ。歴史のテキストでしか知らなかったんだよね。ちょっと尊敬だわー」
「そうだったんだ。なら、僕の方が三十歳以上年上ってことになるね。意外だな、もうちょっと年かと思ってた。若いんだね」
「はあ? それどういう意味よ」
「いや、若いって褒めただけなんだが」
ステラは肩をすくめて、
「全く、これだからメガネくんは……。まあいいか。とりあえずやらなくちゃならないことがあるのなら早くしてよ。一刻も早く現実世界に戻りたいのよ。そうしたら、生きてるって感覚が、もう一度つかめそうな気がするから」
「わかってるよ。何、僕が常日頃からメモにまとめていたことを、ほとんどそのままアップロードしてやるだけの話だ。ほら、もう送信したよ。君たちのPDAにも来ているだろう」
試しにステラのPDAを覗き込むと、可愛らしい子猫のキャラクターが、中年男性の渋い声で、デイタの小難しい文章を読み上げているところだった。ステラの趣味が伺い知れる。
「皆そろそろ読み終わったかな。それじゃあ、行こうか」
デイタがにっこり微笑む。それから、Dゲートの起動ボタンを押す。Pネットのブルーの壁に似つかわしくない、薄いピンクのパネルが足下に出現して、次第に上昇し、デイタの身体を足から顔に至るまで全て均等に飲み込んでいく。
それはどこか懐かしいような、不思議な感覚だった。
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