第一章-11



 リューの言うところによれば、計画に対する賛成派は、ついぞ最近急速に勢力を伸ばしているのだという。計画に賛成する心境になるとともにすぐDゲートを使ってしまう者もいるが、多くの者は最後の一ヶ月間現実世界にとどまり、現実世界のものを戦利品として少しでも多くPネットに持ち込もうと画策している。仲間意識を強く持ち、滅多にないお祭りのようなものとして賛成派との抗争を楽しんでいる者が多い節がある。対する反対派は、多くの場合個人の意思が強く、仲間意識は希薄。現在現実世界に暮らしている者の多くの主張に合致した派であるため、当初は圧倒的な優勢にあったが、賛成派のようには中立派に対して食い込んでいけておらず、内部からも離脱者が次々出ているため、いざ実際に計画が実行に移されようという段階でどうなっているかは予測がつかない。


 問題は、自分がどちらの側に立つかだが。


「俺は……もともと、リューに頼まれてここに来たわけだしな。リューが反対派だっていうんなら、俺はリューの望むようなことを国連の場で喋ってやるだけだ」


 すると、デイタが静かにこう言った。


「リューは君の考えと逆のことを言うよう指示するかもしれないんだよ。それは、君がよく考えて出した結論なのかい」


「まあな」


 嘘だった。自分自身の意見について考えると、途端に頭の中に霧がかかったように、結論が出なくなってしまう。最初は賛成か反対か決めあぐねているのだと思った。しかしよく自分を見つめ直してみると、はなっから決めようとなどしていなかったことに気付いた。


 勿論タイマには、早いところPネットに戻りたいという思いが根強く残っている。だがそれとPDAコーポレーションに賛成するか反対するかとでは全く話が別だ。


 六十七年前の自分なら、全ての判断材料について精力的に検討した後、確固たる意思をもってどちらにつくかを決定したことだろう。あるいはどちらにも賛同できないとして、周りに迎合することなく中立の道を歩み通す決心をしたかもしれない。


 ところが、現在のタイマは、自分以外の人間が、この問題に対しどのような思想を持ち、どのような行動を起こすかなどということに、つゆほども関心が持てなかったのである。


 何だか、いつの間にか自分という器の中味が零れ出て、もはや自分でそれを満たすことさえできなくなってしまったような気がして、タイマはむしょうに寂しくなった。それを気取られたくなくて、わざと明るい声を出した。


「なに、任せとけ。俺がリューのために、何だって言ってやる」


 友達の頼みで、というのは確かに受動的な理由かもしれない。だけど、決める意思すら持てないよりは、せめて決めた方がいいような気がした。


「暗記するのに時間がかかるかもしれないから、早めに文面は考えておいてくれよ」


 リューはそれを聞き終えると、寂しげな微笑を浮かべた。その唇が少し動きかけたが、結局リューは何も言わず、お茶の最後の一滴を飲み干した。それからしばらくして、落ち着いた口調で「感謝の言葉もない」と呟いた。


「リュー、ところで、前のディスプレイに海が映っているんだが」


 全員がお茶を飲み終わったので、カップを集めて運んでいたデイタが言った。その言葉は本当だった。トレーラーは今や海沿いの道を走っていた。遥か彼方に数艘の漁船と、ノリか何かの養殖場が見えた。タイマが「久しぶりに見たが、海はやはり広いな」などと月並みな感想を口に出すと、リューは慌てて席を立った。


「デイタ、頼む。タイマ、アルカ。おまえたちは後ろへ急げ」


 何が何だかわからないうちに、寝室へと誘導されてしまった。リューはシャークが眠っていることを確認してから、寝室の扉を閉め、タイマとアルカに小声で指図する。


「今すぐベッドに入って、布団の中に頭まですっぽり隠れろ、いいな」


 何か事情があることは明らかだったので、タイマはひとまず言われるがままに布団をかぶった。少し遅れてアルカとリューもそうしたようだ。それからしばらくして、トレーラーは徐々に減速し、停止した。


「ウラジオストク直行のカーフェリー、出発は三十分後となっています。ご利用になられますか」


 突如、車内に知らない誰かの低い声が聞こえてきた。寝室の扉や布団越しに僅かに聞こえるというだけなので判別しづらいが、多分女だろう。フェリーの受付に違いない。


「ええ」


 答えるデイタの自然な声。これで話が見えてきた。核廃棄の英雄やら日本大統領やらその相棒やらを乗せたトレーラーの移動が極力目立つことのないように、顔の割れていないデイタに受付を全て任せるつもりであるらしい。タイマの知らないところで打ち合わせをしていたのだろう。


「お一人のようですね」受付が事務的な口調でそう言った。「ロシアへは、何のご用事で」


「ええ、一人ですよ。ちょいと仕事の都合でね。出張なんですよ」


「そうでしたか。こんなキャンピングカーで仕事とは」


「何か問題でも?」


「いえいえ。料金は二千ポイントになります。ここにPDAをかざしてください。はい、確かにお受け取りしました。どうぞ、搭乗口へお進みください。それでは、どうかお気をつけて。よい旅を」


 これ以上の会話は聞こえてこなかった。やがて、トレーラーはどうやらタラップに差し掛かったらしく傾き始め、タイマたちは転がらないようベッドにしがみつかなければならなくなった。まるで登山のようだ、と思った瞬間、ガクンと音がしてトレーラーは水平に戻った。僅かに車体が揺れている。これは波のためだろう。どうやら、トレーラーは無事船の上に乗り込めたらしい。


「ふう。バレずに済んだようだな」


 タイマは布団から顔を出してのびをした。途端に、リューに「静かにしろ」と叱責された。


「フェリーから降りるまでの間は要注意だ。いつも他の客や乗組員が周りにいるんだから、俺やおまえの存在が露呈する可能性も高まる。何らかのアクシデントが起こっても逃げ場がないしな。だから、できればしばらく小声で話すようにしてくれ。それと、この部屋からも出ない方がいい」


「そ、そりゃないぜ……」


 タイマはため息をついた。別に客や乗組員の一人や二人に見つかったところでどうでもいいではないか、そう思わずにはいられなかった。

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