ソイ・ボーイ

@manami98742

ソイ・ボーイ

 バンコク市内の、スクンビット駅から直進し、2度右折した裏路地に、富裕層向け会員制ニューハーフ専門店、”ソイ・ボーイ”の看板は、ひっそりと佇んでんいた。

 華やかに賑わう、風俗街のソイ通りとは程遠いほど、周りは薄暗く、静寂に包まれいる。

 看板に注がれる、細いライトが、気味の悪い雰囲気をより一層、引き立たせる。

 地下に続く階段を降りていくと、バンコクには不似合いな、ジャズ風の洋楽が、音を増していく。

 室内はざっと30人の、アジア人や白人が、ステージ前に設置された、いくつかの丸テーブルを4、5人で囲みながら、飲み食いをしていた。

 ステージ上には、15人ほどの、背の高い女のアジア人が、ポールダンスを踊ったり、観客に、豊満な胸をアピールしながら、音楽に合わせて踊っていた。

 その一番奥に、亮哉は居た。

 

 次々に変わる、青や赤の眩い照明の光りに、亮哉は吐き気を催した。

「目がチカチカして、気持ち悪い」

 そう呟きながら、大きく息を吸い、吐き気を紛らわせる。

 立っているのが、精一杯だった。

 隣にいる黒髪のロング姿の女は、髪をかきあげながら、観客にお尻を向け、ゆっくりとハの字を描きながら、妖艶に腰を下げる。 

その姿を見ながら、亮哉は唖然と立ち尽くしていた。

「俺には出来ねえ・・・」

 ただ立っているだけの、亮哉の姿に見兼ねてか、黒髪ロングの女は、亮哉に近づき耳元で囁いた。

「嫌でもやらなきゃ、ボスに痛い目に遭わされるわよ」

「あの野郎・・・」

 亮哉はその場にしゃがみ込み、頭を抱えながら、「俺を女にしやがった・・・」と呟いた後、小さく唸った。

 怒りと絶望で、頭がどうにかなりそうだった。

「周りを見ながら、真似ればいいわ、私がリードしてあげる」

 女はそう言うと、しゃがみ込んでいる亮哉を立たせ、太ももから、ふくらはぎにかけて、自分の局部を押し滑らせた。

 亮哉の頬は、一機に赤く紅潮していき、体は熱を帯びた。

「15番、16番お買い上げです!」

黒色のスーツに赤いネクタイをした男が、マイク片手に言い放った。

「呼ばれたわよ」

 しゃがみ込んで、俯いている亮哉の肩に、手を置きながら女は言った。

 亮哉の肩がピクリと動く。

「嫌だ!俺は男だ!汚ねえ野郎に掘られるなんて耐えられるか!」

「あんた女になりたくて、ニューハーフになったんじゃないの」

「俺は無理やり、女にされたんだ・・・」

 女の足にしがみつき、顔を見上げて涙目で訴える。

 女は眉間に皺をよせ困惑した表情を浮かべながら、言った。

「ここで嘆いても、何も好転しないわよ。行かなきゃボスに殺される」

 ゴクリと亮哉は、唾を飲み込んだ。

 あの男ならやりかねないと思い、顔が青ざめる。

 女は肩を担ぎ、無理やり亮哉を立たせると、ずるずると引きずりながら、ステージの袖へと消えていった。

 袖には待ってらんばかりの、小太りの男性アジア人が立っていた。

「待ちわびたよ。そっちの日本人はなんだ、わしを睨みつけて。嫌がっているのか?」

「いえ、少し体調がよくないみたい」

 小太りの男は、たばこをひと吸いすると「まあいい。プレイ中の時はしっかりやってくれよ。こっちは二人分の金を払ってるんだ」と言った。

「ええ。もちろんよ」

「では先に2階のプレイ室に行っている。ボンテージに着替えてからきたまえ」

 小太りの男は、たばこを吸いながら、ステージの袖にある、2階へと続く階段を上がっていった。

「無理だ!やっぱり無理だ!」

 亮哉は女の腕を振り払い、逃げようとした。

 パンッ

 亮哉の腕を掴み、振り返った亮哉の頬を、女は全力で引っ叩いた。

「逃げたら、あんただけじゃなく、あんたの大事な人も殺されるのよ!そういうボスだってこと分かっているんでしょう!」

「でも・・・俺・・・」

「大丈夫よ。今日は掘られないわ。アイツはマゾよ。だからボンテージなの。私たちは鞭やヒールで、虐めてあげればいいだけよ」

「ああ・・・。」

 亮哉は興奮を沈めるように、呼吸を整えると、冷静に頷いた。

 2人は衣装がある控室へ行き、ボンテージに着替えると、男が待つ部屋へ入っていった。

「やはり見込んだ通りだよ。まるで女王様だ。それもそれも美しい女王様だ」

 小太りの男は真っ裸で、二人の前で膝まつき、見上げた。

「さあ、女王様、ワタシをどうかお仕置きしてください」

「ええ、この豚が!お仕置きしてあげる」

 黒髪ロングの女は、容赦なく男の背中に鞭を振り下ろし、蚯蚓腫れを作っていく。

「あんたは顔に、ピンヒールで押し当ててさしあげて」

 亮哉は意を決して、おもいっきり、ピンヒールで顔に押し当てた。

「あああああ!」

 男は大きな声を出すと、竿から白い液体を出して果てた。

「プレイ終了よ」

 女は男から二人分の金を受け取ると、半分を亮哉に渡した。

「あんた、ラッキーだったわね。掘られなくて。でもあんな客はごく稀よ。一日かけて覚悟を決めな。ここから逃げる選択しはできないんだから」

 亮哉は何も答えられなかった。

「売り上げた金を、ボスに渡しにいくわよ」

 ステージがある建物の横に、女たちの宿があった。その宿の一番奥がボスの事務所になっている。

 部屋に入ると、ボスと呼ばれる男は、銃を磨きながらソファに腰かけていた。そばに立っている肌黒い男は、手下なようだ。

 ボスは2人に、見向きもせずに「おい、リョウ。ステージから舐めた態度しやがって。男に買われる気、あるのか」

 そう言いながら、手下に何か合図をした。

「立場が分かっちゃいねえようだから、分からせねえとな。顔はやめろよ。」

 手下は薄ら笑いを浮かべ頷いた。

「ちょっと待って、本当に体調が悪かったのよ」

 女は必至に訴えかけた。

 それを聞き、手下は鼻で笑うと、亮哉をテーブル代に後ろ向きで抑えつけたまま、スカートをたくし上げ、パンツを無造作に下ろすと、一気にお尻の中に、竿を押し込んでいった。

「うっぐっつ」

 竿が穴の中に出し入れされるたび、低いうなり声がでる。

「それぐらいでいいだろう。次回からしっかりとアピールして、客から買われろよ。返済が終わるまでな。まあ返せたならの話だがな。あ、そうだそうだ。リョウ、俺も鬼じゃねえ、竿を残してやっただろ。感謝したまえ」

 そう言いながら、ソファに座りなおすと、酒を飲み始めた。

「大丈夫?」

 女は心配そうに、亮哉の両肩を抱いた。

「痛ええ。いてえ・・・」

「早く部屋に戻りましょう」

 女の肩をかり、亮哉は部屋を後にし、娼婦の集団部屋に戻った。

「あんたリョウって言うのね。私はタイ人のクラよ。よろしく」

 切れた亮哉のお尻に消毒をしながら、クラは聞いた。

「ボスが勝手に決めた源氏名だよ。亮哉だからリョウ」

 お尻の消毒が終わると二人は、狭いベットに腰掛け、しばし会話をした。

「無理矢理、ニューハーフにされた感じだけど、どうして」

 亮哉は口をつぐみ、話す気配がない。

「言いたくないならいいわ、私はね、完璧な女になるために、ボスに金を借りたの。やばい奴ってのは分かってたんだけど、どうしても女になりたかった。一生、ここで働くことになってもね」

 クラはやさしい表情を浮かべ、亮哉の顔を覗き込んだ。

 すらりと伸びる長いまつげに、黒に近い茶色の瞳、その瞳に濁りはなく、透き通っている。唇は下唇がぷっくりと厚く赤く、上唇は細めで、パクリと、食べてしまいそうになる衝動を感じた。

「リョウ?」

「あ、ごめんっ」

 慌ててクラを両手で引き離した。

 亮哉は激しく動く心臓を両手で抑え、話始めた。


「俺のおやじは、日本で建築の会社を運営してた。会社は安定してたし、困ってることなんてなかったんだ。でもある日、おやじの会社に、あのイかれたボスが来やがった。タイで、でかいデパートを経てるから、一緒にやらないかと。最初は断っていたおやじも、毎日手土産ぶら下げてくる、あのイかれたボスに、すっかり心を許しちまった。それで資金をボスに預けちまった。ボスはその金を受け取ると、逃げやがった。1億円の資金を渡しちまったもんだから、おやじの会社は一気に傾いた。資金巡りが厳しくなると、金を貸すとおやじに近寄ってきた闇金に、金を借りたんだ。でもその闇金は、あのボスが運営する会社だった。騙されたんだ。しかも、おやじの会社は、その闇金に奪われた。それでも返済が足りねえって、家に取り立てにきやがった。家の中は荒らされて、金品はすべて取られた。それだけじゃなく、俺の顔を見るやいなや、綺麗な顔立ちだから、ニューハーフにして、タイの俺の店で出せば、金になるだろうって、言われて俺は拉致られたよ」

 クラは無言のままうなづいていた。

 亮哉は話を続けた。

「銃口を向けられて、俺は怖くて抵抗できなかった。言われるがまま、車に乗り込んで、密輸船でタイまで来たんだ。古びた病院で、麻酔をかけられ、目が覚めたら、全身包帯でぐるぐる巻きだった。ちょっと動かすだけで、体中に痛みが走ったよ。やっと包帯が取れたとお思ったら・・・。胸は膨らみ、体はしなやかな曲線を描いて、顔はすっかり女顔になってた。それが昨日までの出来事だったよ」

 クラは亮哉の肩を抱き、「そしていきなり、店に出されたのね。かわいそうに」と頭を撫でながら、小さく囁いた。

「でもね、ここに来たからには、もうこの、しがらみから出ることはできない。運命を受け入れるしかないわ」

 クラは亮哉の肩を抱いたまま、静かに続けた。

「もしくは、客に逃亡の手助けをしてもらうかね」

 亮哉は、クラの顔を勢いよく見ると、「逃げれたやつがいるのか」と尋ねた。

「いないわ。夢のまた夢ね。ボスは危ない連中とも繫がりがあるから、協力してくれる人なんてまず、いないわね。でもめげずに探し続けるしかないのよ。ここから逃げるには」

 そう言って、クラはベットに行くと、亮哉を手招きした。二人はベットに潜るこむと、目をつぶって明日を迎えた。

 

 亮哉が”ソイ・ボーイ”に入店してから3か月経ち、タイは雨期を迎えていた。

 スコールが街並みに降りしきり、店の看板は大きな音をたてていた。

「外はすごい雨だそうよ。スコールが止まないみたいね。」

 キャストが、開店前に化粧と着替えをする、控室の鏡越しから、クラは亮哉に話しかけた。

「籠の中の俺達には、関係ねえさ」

 ファンデーションを顔一面に塗りながら、亮哉は返す。

「もう慣れた?」

「嫌でも慣れるさ、女になれねえ俺には、気持ち悪いけどな」

 亮哉の茶色いショート髪に、花の髪飾りをつけながら、クラは笑った。

「リョウは、強いわね」

「クラがいるからだよ」

 亮哉は溜息にも似た息を一息つくと、口角を上げ、口元に笑みを浮かべた。

 ガチャ

 控室の扉が半分開いた。そこから帽子を深被りした男が顔を半分覗かせ、「時間です。ステージへ」と低い声で一言だけ発すると、すぐに扉を閉めた。

「あんなボーイいたか」

「初めてね。新人かしら」

 二人は顔を見合っていたが、ぞろぞろとステージへと向かうキャスト達に、2人も慌てて控え室を後にした。

「亮哉」

 自分の名前が聞こえるやいなや、控え室に押し戻され、カチャッという音とともに、目の前には、先ほどのボーイが立っていた。

「私よ、未希よ」

 深被りした帽子を取り、セミロングの髪を振り下ろし、亮哉の腕を握った。

 亮哉は掴まれた腕を振り下ろすと、「なにしに来たんだよ!」と言い放った。

「日本に帰りましょう」

 涙目に語る未希をよそに、亮哉は顔を背けた。

「こんな姿で帰れねえよ・・・」

 か細い声で訴え、頬には涙が伝っていた。

「私が、私がいるじゃない」

 振り下ろされた腕を、再度強く握り直し、もう片方の手で亮哉の顔を自分の顔に合わせた。

「いまさら、助けにくるんじゃねえよ・・・」

 目から涙がこぼれ落ちていき、床にぽたぽたと滴り落ちた。 

「知らなかったのよ、あなたがあんな大変なことになっていたなんて。言ってもくれなかったじゃない」

 顔をゆっくり左右に振りながら、未希は訴える。

「日本でやり直しましょう。女性の姿でも私は変わらず、愛してる」

 未希はポケットから、パスポートを取り出すと、亮哉の手に持たせた。

「なんで、未希が持ってるんだよ」

「ここのオーナーから、奪ったのよ。見つかるのも時間の問題だわ。早く!」

「待ってくれよ、行くならクラも一緒だ!」

 未希は一瞬、扉を開ける動作が止まったが、頷くと扉を開け控室を出た。

 亮哉はステージに行き、クラの手を握り引っ張り「逃げよう」と声をかけた。

 クラは戸惑う表情を見せたが、亮哉に着いていった。

 ステージの袖で待っていた未希は、首を縦に振ると「着いてきて」と言い、走り出した。 出口付近に着くと、クラはぴったりと停止をした。

「これ以上は行けないわ」

 そう言いながら、ゆっくりと後ろに下がる。

「なんでだよ!クラ!逃げたいって言ってたじゃないか!」

 亮哉がクラに近づくと、クラは後ろに下がっていく。

「おかしいのよ。こんなに簡単に逃げ出せるなんて」

「未希は大丈夫だ、信用できる」

「いいえ、できないわ。ボスがやすやすと逃がしてくれるもんですか」

「その通りだよ」

 出口付近の物陰から、ボスは出てきた。

「少し、遊んでやろうと思ってね。外はスコールの嵐で、客が全く来んもんでね。憂さ晴らしさ」

「お前・・・本当にイカれてる」

 亮哉は後ろに後ずさりながら、恐る恐る声に出した。

「はっ!」

 ボスは一笑すると、咥えていたたばこを足元に捨て、靴底で火口を擦り消した。

「本当にイカれてるのはそこの女さ」

 首をクイと、未希の方へ向けた。

「どういうことだよ。ボスを知ってんのか?未希・・・」

 未希は俯いたまま、何も答えない。

「なんだよ、どういうことだよ!」

 大きな声で叫びながら、未希の肩をつかむ。

 しばしの沈黙が流れ、亮哉は不安でいっぱいになっていた。

 沈黙を破ったのは、未希の笑い声だった。

「ははは!親子ともどもばかね!」

 そう言いながら、自分の肩に乗せらた亮哉の手を振り払った。

 未希の豹変ぶりに、亮哉は何も返せず、思わず床に膝をついた。

「お前を売ったのは、この女さ。お前は出会った瞬間からこの女に騙されてたんだ」

 ボスは口元に、うすら笑いを浮かべながら続けた。

「この女は詐欺師だよ」

「わけ分かんねえよ。なにがどうなってんだよ」

 亮哉は未希の足元に、縋り付き涙を流しながら問いかけた。

「稼がせてもらったわ。亮哉。その変わりに今回の真実を教えてあげる」

 未希は無表情の顔のまま続ける。

「カフェであなたを見かけた時、人助けをしている姿を見て、よいカモになりそうだと思って近づいたわ。話を聞くうちに、会社は業績よさそうだし、結婚詐欺じゃなくてもっと金になる方法があると思ったわ。手を組んでる詐欺グループに今回の話を持ちかけた。案の定、あなたの父親も人がよくて、すんなりと騙されてくれた。架空の闇金に借金させ、会社を奪い、そしてあなたをこの店に売った。それが今回の真実よ」

「じゃあなんで、助けに来たんだよ」

未希は少し笑みを浮かべると「ドキュメンタリーよ。建物の至るところにカメラを仕掛けてあるし、あなたのことは日本で拉致った時から、隠しカメラで撮ってるわ。一部のマニアの間では高値で売れるの。主演の気分はどう?」

 未希はそう言い、上着のポケットから、黒い拳銃を取り出すとそれを亮哉の足元へ足で滑らせた。

「それでどっちかが死ねば、一人は逃亡させてあげる」

「おい、ちょっと待て、そんな話聞いてねえぞ、銃なんか渡してみろ、俺達が危ねえ」

 ボスは慌てて、けん銃の方へ走りだした。

「逃げれる最後のチャンスよ!」

 未希の大きな声をかき消すように、銃声が発鳴り響いた。

「なんで・・・未希がボスを撃つんだよ」

 未希の手には銃が握られていた。

「ボスは死んだわよ。さあ、あとは私を撃てば二人で逃げれるんじゃないかしら」

 手に持っていた銃を足元の置くと、「さあ!撃ちなさい!」と声を荒げた。

 亮哉は足元に目をやるが、銃はそこにはなかった。

 クラが未希に銃口を向けていた。

「さあ!撃てえええええ!」

 未希の声とともに、クラは引き金を引き、撃った。

 亮哉の前に、血しぶきが飛んだ。

 未希は腹を両手で押さえながら、前に倒れこんだ。

呆然と座り込んでいる亮哉の腕を、引っ張り立たせると、クラは亮哉と建物の外へ出た。


 フィリピン行きの客船の中に、クラと亮哉の姿はあった。

 舩尾で流れゆく波を、眺めていた。

 潮風が2人の間をすり抜けていく。

「未希はなんで最後、ボスを撃ったんだろう」

「真意はわからないけど、私たちを本当に逃がすつもりだったんじゃないかしら」

「俺を平然とニューハーフにしたやつが?」

「ちょっと行動がわからないわよね。でももう、真意を知る余地なんて私たちにはないわよ。客室に戻りましょ」

 クラはそう言うと、船の中へ戻っていく。

「ちょっと待って」

 クラの後を追い、腕をつかむ。

「俺さ、クラに出会えてよかったよ。なあ、これからも一緒に俺と歩んで行ってくれねえかな・・・。過ごした時間は短いけど、本気でクラが好きだ」

 掴まれた腕を話、クラは亮哉の方へ向き直った。

「それはこっちのセリフ。もし、リョウに出会えてなかったら、私はずっとあの店で自由のない日々を送っていたと思う。自分が覚悟してたことだけど、辛かった。正直、リョウのことは、女性のようにしか感じれないし、今の気持ちは友情に近しいと思うけど、これからも一緒に居たいと思う。リョウに出会えてよかったわ」

 2人は蔓延の笑みを浮かべ、腕を組みながら、客室へと戻っていった。


「あの男の件はどうなったの」

 日本行きの飛行機の中で、静かに女と男が話をしていた。

「店を逃亡したニューハーフの二人が、銃殺したことになってます。店に警察も入り浸って、利用してたこともあり、裏でもみ消してるようですね。ドキュメンタリーのビデオの方は、本物のスナッフフィルムとして殺人愛好者の間で高値で取引が成立しています。その小切手です。それと、高峰未希という偽装も今回で潮時かと思いますので、新しい身分証、用意しています。成田空港の一番ゲートの奥の234番のロッカーに入れておきます。これ、鍵です」と言い、男は女に小切手と鍵を渡した。

「いつもありがとう、偽装屋さん。あの男、一回手を組んだけど、それからまた詐欺をやらないかとしつこかったのよ。そのうち足を掴まされそうだと思ったのよね。うまいことあの二人を利用して消せてよかった。」

 男は女に会釈だけすると、スッと席を立ち、その場を移動した。

 

 男は一番後ろの席に移動すると深く椅子に腰かけた。

 キャビンアテンダントから、コーヒーを受け取ると、匂いをたしなみ、一口啜ると小さな声で独り言を呟いた。

「本当に利用しただけなんですかねえ。最初にリョウを店で見た時、僕には寂しそうに見えましたけどね。女詐欺師も恋をするってね」

 横に座るビジネスマンをよそに、一人でくすくすと笑うと、コーヒーをまた一口啜った。

 

 

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