第25話 目覚める禍 その2



 不時着とは言い難い落ち方をした飛空船を見届けながら、カミュとイリーナの二人は群狼の拠点へと駆け込んだ。


 その時には、すでに拠点の中は蟻の巣をつついたような騒ぎになっていた。あれだけ派手な空戦をやったのだから、当然と言えば当然のことだろう。


 カミュは団員たちが駆け回る拠点内で、ブラムの姿を探す。だが、見つからない。辺りを走る団員の一人を捕まえてブラムの居場所を聞くと、カミュはすぐに走り出した。


 ブラムは拠点の広場にいた。すでに巨大な戦斧を背負って馬上にあり、片腕で器用にも手綱を取って今にも駆け出さんばかりの状態だった。その横にはドラゴもいる。


 それを見て、カミュの心にほんの少しだけゆとりができた。ソルウェインはいま鉱場を担当しているため、まだこちらに戻ってこられていない。しかし、出ていたドラゴが戻っている。ならば、自分がそこまで慌てる必要はないと気持ちにゆとりが出来たのだ。


 カミュは小走りになっていた足を速歩に変え、ブラムへと近づく。


「親父!」


「カミュ! 儂は先に出る。お前も準備が整ったら、すぐに来い!」


「分かった!」


 少ない言葉を交わし、ブラムは馬に脚を入れる。そのまま拠点を飛び出していった。集まっていた団員たちも、それに続いて馬を走らせる。


 ブラムの背中を見送るカミュ。そんな彼にドラゴが近づき声を掛けた。


「よう、坊主。部隊長になったんだってな。あとでゆっくり話そう。とりあえずお前は、自由兵を纏めて連れてきてくれ」


「おっさん、戻ってきてたんだな。分かった。そっちは任せて。俺もすぐに出るよ」


「頼んだぞ。イリーナ……上手く支えてやれ」


 カミュの後ろに立っていたイリーナは、突然話を振られて少し驚くような仕草を見せる。しかし、ドラゴの言葉の意味を理解すると、顔を赤くしながら微妙に視線を下げた。それを見たドラゴは凶悪な顔にニカリとどこか楽しんでいるような笑みを浮かべた。


 しかし、その後は何も言わずにブラムの後を追って馬を走らせた。


 カミュは、そんな二人を何か不思議なものでも見るような目で見ていたが、広場にはまだ自由兵の団員たちが残っていた。ブラムは拙速を選んだらしく、馬上の戦士たちのみが次々と拠点を後にしていく。いつまでものんびりしていられない。


 カミュは、すぐに行動に移った。


「イリーナ、すぐに百人連れて出てくれ。俺は残りをまとめてから出る。飛空船一隻を押さえる程度なら、多分俺たちに出番はないだろうが、万が一が起こったときには少しでも早く手が欲しいだろう」


「分かったわ」


 どこか恥ずかしそうにしていたイリーナは、カミュの言葉ですぐに普段の彼女に戻って頷いた。


 イリーナはカミュの指示に従い、すぐに出ていった。


 カミュが残りの自由兵たちに指示を出しながら隊を整えていると、散っていたカミュ隊の戦士たちが次々と戻ってくる。そして、東に出ていた者たちからの報告で、カミュは愕然とすることになった。


 ――――


 船は落ちた。


 先行したブラムらが警戒し囲む中、炎上し煙を噴き上げ中からは空賊と思しき者らが飛び出してきた。しかし、彼らがブラムらに襲いかかってくることはなかった。彼らは一様に怯えたような表情をして、まるで何かから逃げるように、ブラムらの方へと駆けだした。


 訝しむような表情を見せたブラムだったが、向かってくる空賊への攻撃命令は出されなかった。しかし次の瞬間、モウモウと立ち上る煙と踊る大炎の中に『それ』は現れた。


 まるで木の皮のような皮膚を持った巨大な何か。


 人のような形をしているが、頭と思しきところには目も口も鼻もなく、耳もない。ただ真っ直ぐに、胴体から首を経て枯れた太い鞭状のものがすうっと伸びている。そして、正に巨大な丸太のような二本の太い腕。そして、大地でうねる幾本もの根のような足。その様は、まるで大小様々な何百匹もの蛇がのたうつようだった。


 ――――そう報告された。


「異形なる者……」


 もたらされた報告を聞いたカミュは、思い浮かんだ言葉を思わず呟いた。


 カミュは自由兵を纏めると、すぐに飛空船が墜落した方角に向けて進軍を開始する。かちの自由兵たちに合わせて、馬を走らせられないのがもどかしかった。


 飛空船が落ちたのはトラン=キアの西から南西のあたり。群狼の拠点からもさほど遠くない位置だ。実際、綺麗な青空を汚すように煙が広がっている様が見える。


 ただ、それがカミュを不安にさせていた


 。見えているのは、空を隠さんと広がる煙ではなく、風の中に薄く散っていく煙だった。そうなるには、いくらなんでも早すぎた。


あれでは、すでに飛空船の火は消えている。小さくない飛空船ふねが火だるまになって落ちているのに、だ。


 そう思うとカミュの気は逸る。しかしそれを無理やり抑えつけながら、カミュは部隊の者たちを急かしつつも隊列を維持し続けることを選んだ。そして、林を抜けてちょっとした平原に彼らが出ようとする頃、その後ろから全力で馬を駆けさせる音が近づいていった。


「カミュ!」


「ソル兄!」


 ソルウェインは団員を引き連れて鉱場に出ていた。


 しかし、ブラムからの遣いの者より、早急に拠点に戻れとの指示を受け取ったのだ。戻ったソルウェインは僅かばかり残っていた拠点の者たちに状況を聞き、慌てて飛び出してきたのである。


「ソル兄、ちょうどよかった! 先を急いでくれ! もしかしたら、異形なる者が出たのかもしれない!」


 カミュは今まで抑えこんでいた気持ちを解放するかのように、細かい説明もなくソルウェインにまくし立てた。


「何!?」


「東に出していたうちの隊の者から、落ちた船から得体の知れない化け物が現れたって報告があった。彼らは俺に合流する為に戻ってきたが、皆一様に同じ事を言っている!」


「イリーナの奴は?!」


「船一隻の鹵獲ろかくだと思っていたから、先に出してしまっている。一応、親父とドラゴのおっさん、それにハス姐がその前に着いているはずだが、もし異形なる者だったら、うちの戦力全部出してもとても十分とは言い難いよ! だから、早く!」


「分かった! お前も急いでくれ!」


「もちろんだ!」


 ソルウェインは、焦るカミュの拙い説明でも事の重大性を把握し、迅速に次の行動へと移った。


 ソルウェインはカミュたちを追い越し、馬を駆けさせる。


 カミュも上げられぬ移動速度にいらいらしながらも、可能な限り先を急いだ。




 カミュたちが平原を横切っている途中で、怒号とも悲鳴ともとれる声が小さく届き出した。


 時折響く轟音が、それに交じり耳を襲う。


 カミュはすぐに自身の馬を駆けさせた。カミュが率いる隊にいるたった一頭の馬だったら。


 逸る気持ちのままに馬を走らせる。そして、小高い丘の上まで馬を走らせたとき、カミュは体を起こし手綱を引いた。


 いや、唖然として手綱を握った拳を思わず下げてしまったと言うべきか。馬は並足に落とし、ついには止まってしまう。


 カミュは見てしまったのだ。群狼の仲間たちが巨大な怪異の前に、為す術もなく空を飛んでいる姿を。

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