第13話:夢現
「あー依頼いきたくねぇ・・・。」
「だよなー・・・でも働かないと・・・金がな。」
「俺は頑張って稼いで胡蝶に行くんだ!!!!」
(あれ?今・・・胡蝶って言ったか?)
コハルと適当な雑談をしていたら、胡蝶という名がどこからか聞こえてきた。今ままでも騒がしかった店内だが、あまり気にはならなかった。だがさすがに胡蝶の名が出たら耳が反応してしまう。
「お前まだそんな事いってんのか。やめとけやめとけ。」
「やだね!死ぬまでに1回くらいは最高の女抱いてみたいじゃん!」
「まあ気持ちはわかるが・・・お前奥さんに殺されるぞ?」
結婚してるのならやめとけと思ってしまう。まあそれは客の自由なので俺がどうこう言うことではないが。しかし世間での評価はやはり上々。俺としては胡蝶の価値が順調に上がっているようで嬉しい。
ついつい笑みが零れてしまう。
「ハルさん嬉しそうね?」
「そりゃな。コハル達の価値が上がってる証拠だからな。」
「ふふ、ありがとね?」
話をしているのは男性3人組。見た感じ、冒険者だ。ひと稼ぎに行く前にここで朝食を取っているのだろう。
ちなみにこの世界の冒険者という職業だが、冒険者協会とやらで受けた依頼を遂行すると報酬が貰えるらしい。そして依頼には魔獣退治、護衛依頼、素材集め等様々なものがあり、難しい物ほど報酬が高い。当然冒険者にもランクがあり、上位であればあるほど稼ぎもいい。
・・・と言う事らしい。これはアマネやコハル達に教えてもらったこの世界の一般常識だ。正直俺には関係のない世界なので、今でもよくわからない。この街に命からがら辿り着いてから、俺はこの街から出た事がない。歓楽街以外にもほとんど行った事がない。
だから正直異世界にいるという実感がまったくない。まあ魔物はこの街に辿り着くまでに何回か見たし、魔法だってアマネ達に見せてもらった。それにアマネは鬼人族だし、コハルはエルフ。ヨギリに至っては可愛い耳と立派なもふもふ尻尾を携えている。つまりここは間違いなく俺が前にいた世界ではない。でもやはりずっと歓楽街と家を行き来しているだけだとここが異世界だとはとても思えないのだ。
「いつか物見遊山してみたいな・・・。」
「じゃあ・・・私がいつか娼婦を辞めたら、一緒に冒険しましょ?」
「え?いいのか?」
「もちろんよ。約束よ。ふふ、今から楽しみね?」
これは嬉しい。
それにコハルがいれば安心だ。何もできない俺だが、コハルの魔法があれば安全に旅が出来るだろう。
それはそうと、今はあの冒険者達だ。胡蝶の噂をもっと聞きたい。
「大体俺らの稼ぎじゃ胡蝶は無理だろ。所詮中堅冒険者だぜ?」
「わかってるよ!だから頑張って稼ぐんだって!」
「あーでも・・・俺、胡蝶のあの噂聞いたぞ?」
「ん?どんな噂だ?」
なんか空気が変わった。「最高の美人がいて最高の一夜が楽しめる場所」とかそういう事ではなさそうだ。聞き逃さないよう、俺は聞き耳を立てる。
「なんでもあそこで遊ぶと破滅するらしい。」
「は?それって単純に胡蝶の女に嵌って金使い過ぎただけじゃねーの?」
「まあそうかもな。でも胡蝶で騒ぎを起こした連中もそうなるらしいぞ?」
「え!?そうなのか!?」
なんだそれは。そんな噂は聞いた事が無い。問題は毎日ように起きるが、丁重にお帰り頂くだけだ。昨夜のように少々面倒な客の場合、アマネ達が魔法で記憶を消しはするが、それだけ。破滅させるような事はしない。何かの間違いだろう。
「ノルマンド家が最近没したのしってるか?」
「ああ、そりゃ知ってる。あんな名門貴族が無くなったら大騒ぎにもなる。」
「あれの原因が胡蝶で問題を起こしたかららしいぞ?」
・・・なんだと。それは初耳だ。ノルマンド家が没した事すら知らなかった。まあそれは俺が世情に疎いだけだろうが、それが事実だとして、胡蝶が原因と言われるのは聞き捨てならない。
確かにノルマンド家の家督はうちのに来ていた。ヨギリの客だ。そして確かに先月ちょっとした問題を起こした。「身請けは諦めるからヨギリを毎日買わせろ」と無茶を言い始めたので、俺が止めに入り、数発殴られた。まあよくある話だ。
そしてあの時も記憶を消して、帰らせた。当然ヨギリの事は忘れているわけだから、それ以降胡蝶にも来なくなる。
うん・・・いや待て。それはおかしい。
あの家督は相当な遊び人だ。そんな色欲魔人がヨギリの事を忘れたからといって娼館通いを止めるはずがない。そして奴ほどの名門貴族であれば金も潤沢にあるだろう。間違いなく高級娼館である胡蝶の別の嬢を買いにくるはず。
なのに来ていない。
「あ、それとあれだ。今朝あのトラアド家のお坊ちゃまが・・・」
「死んだのか!?」
「いや、死んではいない。なんか廃人のような状態で見つかったらしい。」
「そいつも胡蝶で問題を起こしたのか?」
「いや、問題を起こしたのかは知らない。でも胡蝶には通ってた。よくこの酒場で『最高の女だ、絶対物にしてやる』って騒いでただろ?」
「それは俺も聞いた事あるな。でもその噂本当なのか?」
間違いなく本当だ。そのトラアド家のお坊ちゃまというのは、昨晩サラの客として来ていたエヴァンの事だからだ。確かにあいつも問題を起こした。そして昨日記憶を消して帰らせた。だがそれだけだ。一体どう言う事だ。
(おい、コハル・・・)
(シッ。最後まで聞いてからにしましょ?)
唇に人差し指を当て、黙るようにコハルに言われる。
それを見た瞬間、「ああ、こいつらか」と全てを理解した。彼女達が何かをしたのだ。何をしたのかは知らないが、絶対にアマネ達の仕業だ。
とりあえずここはコハルの言う通りにしておこう。
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