第12話:スープ
「あ、美味い。確かに美味しいなこれ。」
「でしょ?気に入って貰えたならよかったわ。」
コハルの言う通り、この魚のスープは絶品だ。疲れた体に優しい味のスープが沁みわたる。別に俺は美食家ではないが、また食べたいと思えるスープだ。
「コハル、そっちも食べていい?」
そうなるともう1つのオススメの野菜スープも食べてみたくなる。
「ふふ・・・はい、どうぞ?」
スプーンでスープをひと掬いして「あーん」と目の前に差し出してくるコハル。てっきり皿ごと渡してくれると思ったのに、なんだこの展開。
「いや、自分でたべ・・・んんーっ!」
無理矢理口に押し込まれた。しかも熱い、めっちゃ熱い。
「コハル!お前!熱いだろうが!火傷するかとおもったぞ!」
「この私が食べさせてあげたのにその言い草・・・酷いわ・・・すんすん。」
「おい、嘘泣きはやめろ。こんな事で泣く女じゃないだろうが。」
俺が指摘すると舌をペロっと出し「バレたわ」と笑うコハル。笑いごとじゃないのだが。火傷したらどうしてくれる。
「おかげで味なんてわからなかったぞ・・・まったく。」
「あら、じゃあもう一口?」
「い、いや・・・あとでいい。」
なんか今日はコハルがやたらと虐めてくる。もともとS気質が少しあるとは思っていたが、まさかここまでとは。
「でも・・・誰かと飯食うのもいいな。楽しい。」
散々な目には合ってはいるが、コハルとの食事は悪くない。1人で食べるより全然美味しい。そんな事すら最近はすっかり忘れていた。
「友達でも作ろうかな・・・」
でもこの仕事をしてると、友人は正直作りにくい。高級娼館である胡蝶は知名度抜群だ。不用意に友人なんて作ったら利用される気がする。「譲とタダで遊ばせろ」「便宜を図れ」などなど。むしろそれが目的で近づいて来そうだ。
そんな事をぶつぶつ呟いていたら、それを聞いていたコハルが提案してくる。
「それなら恋人でも作ればいいんじゃないの?ハルさんは恋人を欲しいとは思わないのかしら?」
「確かに・・・そうか・・・女友達とかなら。」
一理ある。男友達を作ろうとするから駄目なのかもしれない。恋人や女友達なら俺を利用しようとは思わないだろう。
「お、女友達は駄目よ!」
「え、なんで?」
「あ、あれよ!・・・そう!こ、胡蝶で働けるように口利きをしなさいって言われるわよ!」
ああ、なるほど、それもあるか。胡蝶の嬢になりたい娼婦は多い。ただなれるかどうかは全てアマネ次第だ。つまりアマネと顔見知りである俺を取り込めれば、嬢になれるかもしれないという訳だ。
「恋人ならハルさんの事が好きだから変な事はしないでしょ?」
「そうなのかな・・・?」
胡蝶の嬢になれるなら、恋人の振りくらいしてきそうなものだが・・・。
「しかし恋人か・・・欲しくないと言えば嘘になる。でも好きな相手なんていないし。そもそも夜の仕事してると出会いなんてない。」
「まあそうね・・・じ、じゃあ胡蝶の子はどうかしら?ほらそれなら口利きしろとは絶対に言われないし!た、例えば・・・えーっと・・・その・・・わ、私とか・・・!」
確かに胡蝶の嬢であれば俺を利用したりはしないだろう。する必要がない。それに胡蝶の嬢は誰もが羨む美人ばかりだし、あんな女を恋人に出来たなら最高だ。だが・・・
「それだけは絶対無いな。」
「な、なんで?・・・やっぱりこういう仕事してるから?汚れてるから・・・?」
コハルが目を伏せながらどこか寂しそうに呟く。
「おい、コハル。お前、汚れてるとか二度と言うなよ。」
俺は娼婦という仕事が汚れているとは思わない。世の中にはそう言う意見の人もいるだろう。だがそれは彼女達の事をちゃんと知らないからだ。
胡蝶の嬢達はプライドを持って娼婦という仕事をしている。コハル達が何故娼婦をしてるのか、その理由は聞いた事がない。彼女達の人生に俺が踏み込むべきではないと思ったからだ。だが「楽して稼ぎたい」とか短絡的な理由でコハル達が娼婦をしているわけではないのは知っている。そもそもそんな理由ならあんなに真剣に、真面目に、仕事しない。他館の娼婦達のことは知らないが、胡蝶にそんな嬢は絶対にいない。
それに美人というのは立派な才能の1つだと俺は思う。その才能を生かした仕事をして何が悪い。絵描きや音楽家だってそれぞれの才能を生かしているのだからそれと同じだ。
「だからそう言う事は言うな。」
「う、うん・・・ごめん。」
コハルが少し怯えたような表情を浮かべている。ちょっと言い方がきつかっただろうか。でも彼女達には自分達を卑下するような言い方はして欲しくない。
「まあ・・・働いてる理由気にはなるけどね?なあ、コハル。言える日が来たらその理由、教えてくれ。」
「・・・ええ、うん。いいわ。ハルさんにならいつか教えてあげる。約束よ。」
ふふふと笑うコハル。
アマネやヨギリもその理由をいつか教えてくれると言っていた。彼女達は約束はちゃんと守る。なら無用な詮索はせず、その時まで待つとしよう。
「ねえ、ならどうして『絶対無い』の?」
忘れてた、その質問に答えてなかった。
「仕事だから。仕事相手にそんな感情を持ったら駄目だろ。」
胡蝶には、毎晩大金を叩いてコハル達を買っていく客が大勢いる。彼女達と一夜の恋をする為だけに、俺が一生かけても稼げないような金を払う。そんな俺が彼女達に手を出すなんてあってはならないことだ。
娼館では彼女達は「商品」。自分の店の商品に手を出すのはご法度。レストランで働いてるからと言って、勝手に料理を食べたりしない。服屋で働いてるからと言って、服を持って帰ったりはしない。店員だってちゃんとお金を払う。それと同じだ。コハル達と恋愛したいなら、客と同じように一夜の恋愛を買うか、身請け金を払って彼女達を身請けすればいい。
「じゃあ・・・わ、私を身請けすればいいじゃない。ハルさんだったらオッケーするかもしれないわよ・・・?」
何故か少し頬を染めているコハル。スープを飲んで体が温まったのだろうか。
「ばーか。そんな大金あるわけないだろうが。コハルを一夜買う事だって難しい。」
彼女は胡蝶のナンバー2。一夜遊ぶだけでも信じられないくらいの金がかかる。身請けしようものならこの国の国家予算くらいは持って来ないと話にならない。
「ふーん・・・まあいいわ。特別に許してあげる。」
「ありがとうございます?」
なんで俺は許されたのだろう。そもそも何も悪い事してないと思うのだが。文句の1つでも言ってやろうと思ったが、なんかまた足が飛んできそうな気がしたので自重する。
「ふふ・・・ハルさんらしいわ。なるほどね。」
くすくすとコハルが笑う。
「なに笑ってるんだよ。」
「内緒よ。でも・・・ハルさんっていつも仕事してるし、結構お金貯まってると思ってたんだけど?」
「いや全然。生きていくだけで精一杯。まあそれで充分だけどな。」
高給娼館である胡蝶で働いてるとは言え、ただの従業員がそんな高給取りなわけがない。
(そ・・・は・・・聞き捨て・・・ないわ・・・あとでアマネ・・・)
コハルが小声で何かを言っている。よく聞き取れない。
「コハル、なんて?何か言った?」
「あ、ううん!なんでもないわよ?それよりほら、私にもそっち
のスープくださいな。」
あーんと口を開けるコハル。
これ俺もやらされるのか。皿ごと渡して「自分で食え」って言ったら・・・うん、やめておこう。足どころか拳が飛んできそうだ。
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