第3話:昔話

 最初は俺が娼館なんかで働けるのかと思った。何か出来る事があるのかと。娼館通いの経験など無かった俺には想像もつかない世界だった。


 俺がいた世界では売春は違法だった。いや、違法な国も合法な国もあった。まあどちらにせよ、裏の世界の仕事だという先入観は少なからず持っていた。


 しかしこのノーテファル王国では大々的に売春は認められていた。むしろ推奨されているくらいだ。それに気づいたのは貴族や大臣などの権力者が客として娼館に来た時だ。最初は驚いたが、平然としているアマネを見て、それがこの世界では普通なのだと知った。


「最初は驚きましたよ。すぐに慣れましたけどね。」

「そうじゃったの。でもそう気づいてからのお主は凄かったぞ?」

「まあ・・・アマネさんに少しでも恩返ししたかったですし。」


 その頃の胡蝶はどこにでもあるような普通の娼館だった。というより歓楽街全体がそんな感じだった。


「ハルが急に『この店を国一番の娼館にしたいか?』と聞いてきた時は驚いたのじゃ。」


 アマネが何故娼館を経営しているのかは知らない。何か理由があるらしいが、

それだけは今も教えてくれない。


 彼女は以前は冒険者を生業としていたらしい。それもトップクラスの冒険者。当然稼ぎも相当だったのだとか。ただ数年前、そんな彼女がある時急に冒険者を引退し、この娼館を作って自分も娼婦になった。


 教えてくれたのはそれだけだ。


「で・・・結局なんでなんですか?」

「内緒じゃ。それは内緒なのじゃ。」


 とまあこんな感じで何回聞いても理由を教えてくれない。


 当然そんな有名な冒険者であったアマネが引退して娼館を作ったとなれば国中が驚く。当時は相当な騒ぎだったらしい。


 もう1回言うが、アマネは見た目は幼子だが、絶世の美女だ。100人男がいたら、全員が間違いなく最高の女だと言うだろう。そしてそんなアマネが娼婦になったとなれば・・・それはもう想像がつく。


 しかしその理由だけは、ハルだけでなく、誰も知らない。アマネを買った何人もの客が聞き出そうとはしただろう。だがそれが大臣であれ、貴族であれ、王子であれ、アマネは決して口を割らなかったらしい。


「でもあの2人は知ってるんですよね?」


 何故かヨギリとコハルだけはその理由を知っている。以前そんな事を2人は言っていた。まあ当然教えてはくれなかったが。


「くくく、あの2人はな・・・ちと特別なんじゃよ。」

「なんか納得いかないですね。」

「そのうちな・・・ハルにならいつか教えてやるのじゃ。」


 まあアマネがそう言うなら、その時まで待つしかなさそうだ。アマネ、そしてヨギリやコハルは絶対に口を割らない。それは経験上知っている。






 まあそんなこんなで俺はアマネの娼館で働き始めた。


 他にも俺のような雇われ従業員がいるのかと思っていたら、いなかったので驚いた。不思議に思ってアマネに尋ねたら、別に必要ないから雇っていないのだとか。


「なんで俺雇ったんですか。」

「成り行きじゃ。拾ったからには面倒みてやらんといけんじゃろ。」


 と言う事らしい。


 しかし娼婦しかいなくて娼館が回るのかと思ったが、特に問題ないらしい。まあトップクラスの元冒険者のアマネがいるなら、確かにどんなトラブルが起こっても対処出来そうだ。


 つまり俺は用心棒的な役割で雇われたわけではない。それはわかる。というかそもそも俺は戦闘なんて出来ないのだから当然だ。大体行き倒れてたところを保護された時点でアマネにもそんなつもりはなかっただろう。


「掃除やら嬢の世話をしてくれればいいと思ってたんじゃがの。想定以上じゃったぞ?」


 勿論最初はその程度の雑用をしてただけだ。嬢が必要なものを買いに行ったり、掃除をしたり、本当にただの雑用係だった。


 ただある時、嬢が落ち込んでいたので励ましたところ、愚痴を散々聞かされた。そしてそこから何かあると嬢達は俺に相談してくるようになった。何でも「ハルに話すと楽になる」らしい。前の世界で営業をしてた頃の名残だろうか。相手の話を聞いたりするのに適正があったようだ。


 そんな自分の適性に気付いた俺は、アマネの為に出来る事はないかと考え、この娼館を国一番の店にしようと提案した。営業で培った知識を使えば行けると思った。何故ならこの世界は文明が全体的に発達していない。移動は馬車だし、水道などのインフラも当然ない。原始的な技術が非常に多い。魔法という便利な力があるせいだろう。当然この歓楽街でも、無作為に客引きや売春が行われてるだけで、戦略的な営業などは皆無だった。


 それならばいくらでも付け入る隙はある。アマネが「是非頼む」と言ってくれたので、早速俺は色々実行した。まずはアマネの知名度を利用し、嬢を買う為の料金を数百倍に値上げした。それでもアマネに会いに来る客はいると踏んだのだ。


「あの金額には驚いたのじゃ。わらわにそんな価値があるのか不安じゃったがハルの言う通りじゃったの!むしろそれまで以上じゃ!」


 いわゆるプレミア価格と言うやつだ。希少価値が出て逆に客足が増えると読んだ。アマネの容姿、知名度を考えれば当然だが。そしてアマネを買えないような客には他の嬢をあてがう。勿論その金額も一般人には手は出せないように設定した。


 そうすることで、胡蝶は特別な娼館ですよというイメージを客に強制的に植え付けた。胡蝶で遊ぶのはステータスだと思い込ませる。そうすればあとは勝手に店の名前が一人歩きしてくれる。


 そして店がそう認識されるようになれば、アマネや嬢の価値が上がる。胡蝶で働けるのは名誉だという認識が嬢達にも生まれ、嬢の質や意識が向上し、他の追随を許さない店になるだろうと予想した。


「後はうちの商品である嬢達の管理ですね。皆が楽しく、元気に、憂いなく働けるようにケアしてあげれば、自然と客足も増える。」


 その為に朝礼だったり、報告会だったり、ああいうのをするようになったというわけだ。嬢達も何故か俺には非常に協力的で、文句の1つも言わず素直に従ってくれる。


「最初は半信半疑じゃったが、今の店の現状を見るとぐぅの音もでんわ。じゃがおかげでまた一歩わらわの夢に近づいたというもんじゃ。」

「で、夢とは?」

「くくく、内緒じゃ。その手には引っ掛からんわ。」


 やはり一筋縄ではいかないらしい。さすがロリババア。


「またお主は!ロリババア言うなと言うとるじゃろうが!!!」

「うるさいですよ、のじゃろりばばあ。」

「こら!余計なものを付け足すな!!!」

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