第2話:アマネ
「全く・・・おぬしはいつもいつも・・・不愉快じゃ!」
彼女はアマネ。胡蝶で一番人気の娼婦。
アマネは光り輝く銀色の髪をしており、その長く美しい銀髪を背中で軽く結っている。瞳は澄んだ紫色。そして額からは鬼人族の証である小さな角。
そんなアマネの見た目は幼女だが、実年齢は280歳。なんでも鬼人族とはそういう種族らしい。そのせいか、見た目に反して、どこか落ち着いた大人の女の雰囲気を纏っており、煽情的な紫色の浴衣を見事なまでに着こなしている。見つめられるだけで虜にされてしまいそうだ。そんな不思議な魅力がアマネにはある。さすが胡蝶のトップは伊達ではないと言う事か。
後、言うまでもないだろうが、絶世の美女だ。雰囲気だけでなく、髪、目、顔、体、その全てが美しい。そう、幼女の姿形なのに美しい。色々ぺったんこなのに「可愛い」ではなく「美しい」のだ。俺がアマネをロリババアと揶揄するのにはそういう理由もある。
「お主はもっとわらわを敬うべきなのじゃ!」
俺が注いだ酒を不機嫌そうに一気に飲み干すアマネ。
娼婦としてのアマネは、先も言ったように、洗練された風格ある美女。
だが裏ではこんなもんだ。優美のかけらもない口うるさいただの大酒飲み。まあそんな事をいうとまた怒りそうなので、言わないでおくが。
「アマネさん、これから客が来るのにそんな飲み方して大丈夫なんですか?」
「ふん、このくらいで酔うわけがなかろう。わらわは鬼人族ぞ?」
「そうでしたね。鬼人族は酒が水の代わりみたいなものでした。」
俺は自分のグラスにも酒を注ぎ、少しだけ口に含む。ワインのような味わいがする酒だ。アマネが用意してくれたのだからきっととんでもなく高級なものなのだろう。酒の事はさっぱりわからないが、そんな気がする。
「しかし・・・こうやってお主と飲むのもなんか久しぶりじゃの。」
「ここ最近ずっと忙しいですからね。」
「お主のせいじゃろうが・・・まったく・・・。ところでハルよ、以前の世界の記憶は戻ったかの?」
「いえ、アマネさんに拾って頂いてからの記憶しか・・・それ以前の事はまだおぼろげにしか思い出せません。」
実は俺はこの世界の人間ではない。気付いたらいつの間にかこの世界にいたのだ。いつどうやって来たのかはさっぱりわからない。覚えているのは名前、年齢、地球という世界で社会人をしていたと言う事、そして一般常識くらいだ。
地球にいた頃の名前はニノミヤ・ハルアキ。年齢は25。営業という仕事に従事していた。覚えているのは本当にこんな事くらい。親や友人の事など全く覚えていない。最初からいなかったかのように記憶から消えている。
こちらの世界で目が覚めた時、異世界に来たと言う事はすぐにわかった。俺が目にした事のない生物、種族、風景が広がっていたからだ。そして何故か自分の容姿が若返っていた。確かに25歳だったはずなのに、18歳頃の容姿をしている。これが転移なのか転生なのか・・・それは今でもわからない。全ては謎だ。
ただ地球にいたころ、異世界に転生・転移したらすさまじい能力を手に入れる事ができ、幸せなセカンドライフを送れるというのを小説か何かで読んだ覚えがある。俺もそんな事態に巻き込まれたのかと思い、心が躍ったが、残念ながらそんな能力は一切なかった。
俺が転移したこの世界には魔物が存在しており、それを討伐する冒険者という職業があった。戦いを生業に出来るとも知った。だが地球で暮らしていた何の能力もない俺にそんな事が出来るわけもなかった。特訓してみたものの、才能が無いのはすぐにわかった。
ただこの世界には魔法という物が存在していた。それなら魔法を覚えて・・・と思ったのだが、俺には魔力そのものがないらしく、魔法も使えなかった。まあ魔法が存在しない世界に暮らしていたのだから当然と言えば当然だろう。転移したからと言ってそんな都合よく魔力が生まれるわけもない。普通に考えれば誰でもわかる事だ。
ではそんな俺に残されたもの・・・いくら考えても何もなかった。冒険者として生きる事も出来ない。為政者になるような知識もない。地球で営業をしていただけの俺に一次産業に従事できるような知識もない。
つまり俺にはお金を稼ぐ手段がなかったのだ。暫くは物乞いや拾い食いなどでなんとか必死に食い繋ぎ、放浪していた。
だがそんな生活がいつまでも続くはずがない。
この国の首都であるこの街まで辿り着いた辺りで俺は力尽き、裏路地で行き倒れていたところ・・・アマネに拾われた。アマネが助けてくれたのだ。
「って感じでしたね。最初の出会いは。」
死ぬくらいならと俺はアマネに全ての事情を説明した。最初は訝しげに聞いていた彼女だったが、この世界の常識を全く知らない事から俺の言ってる事が本当だと思ったらしい。
「そうじゃの。こやつは何を言っておるんじゃと思ったが、嘘を吐いてるようには思えんかった。」
そしてそんな俺を不憫に思ったのか、アマネは俺を保護してくれると言ってくれた。なんて優しくて素敵な美女なんだろうと感激したのを覚えている。
「嘘つけ!!!わらわは一生忘れんぞ!お主が『こんな幼女に助けられるなんて・・・』と言った事!そしてわらわの素性を説明した時『なんだろりばばあかよ・・・』と言った事!!!」
「よく覚えてますね、早く忘れてください。」
「あんな衝撃的な出会い忘れる方が難しいわ!助けようと手を差し伸べた相手に暴言を吐かれるとは夢にも思わんだぞ!」
アマネは声を荒げているものの、今となってはいい笑い話だ。なんだかんだ彼女も当時を思い出して楽しそうに笑っている。
「こちらも衝撃ですよ。こんな小さな女の子が娼館を経営してるからそこで働けとか、何の冗談かと思いました。」
この世界では人族以外の種族も普通にいる。決して珍しいものではない。だが俺がいた世界には人族しかいなかった。そして人は年を取ると、相応に見た目も変わっていく。だからアマネの話を疑うのは仕方ない。
「くくく、まあハルの世界の話を聞いたあとじゃとわらわもそう思う。」
アマネは俺の事をハルと呼ぶ。「ハルアキとか呼びずらいのじゃ」とか勝手に略された。そしていつの間にかハルが定着していた。今ではヨギリやコハル、他の嬢達も俺の事をハルと呼ぶようになった。まあニノミヤ・ハルアキという人間の事なんて何も覚えてないので、特に気にはならない。
この世界での年齢は、見た目通り、18と言う事にしてある。25にしては若すぎるとアマネに言われたからだ。まあアマネからしてみれば18でも25でも誤差でしかないだろうが・・・
そしてそんなアマネに拾われた後、俺はこの世界の事を色々と教わった。この国の名前はノーテファル王国。街の名前はフィオーラ。世界の名前は・・・なんじゃそれと言われた。特に無いらしい。
「アマネさんは俺にこの世界の一般常識とか・・・本当に色々教えてくださりました。おかげで今の俺があります。感謝してます。」
「さすがに見捨てるのは後味が悪かったしの・・・じゃが今となってはハルを拾って大正解じゃ!わらわの見る目は確かだったわ!」
アマネが楽しそうに笑う。
「俺の知識が偶々役に立っただけです。何もしてません。」
「まあそうかもしれんがの。でもわらわが感謝しておるのは本当なんじゃぞ?」
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