第1話:開店

「それでは皆さん、本日も宜しくお願い致します。」


 ここは高級娼館「胡蝶」。


 俺は恒例の挨拶で朝礼を始める。朝礼と言っても、この店の開店時間は夜の9時。どちらかというと夜礼だ。まあ俺や嬢達にとっては1日の始まりなので朝礼と言ってもいいだろう。


「相変わらずお堅い挨拶でありんすね。主さんはわっちらの身内のようなもの。もっと慣れ慣れしくてもようござりんす。」

「何言ってるんですか。そういうヨギリさんこそその言葉遣い、他人行儀でしょう。人の事言えませんよ。」

「ふふ、確かに。これは1本とられたでありんす。」


 着物の袖口を口に当て、美しい漆黒のロングヘアをかきあげながら妖艶に微笑む女。瞳は吸い込まれそうな琥珀色だ。着物を着ているので露出はそれ程高くないが、なんとも言えない淫靡な雰囲気を醸し出している。ちなみに胸はそこそこある。


 彼女の名はヨギリ。この店の人気3位の嬢だ。ただ微笑んでいるだけなのに、とても扇情的で色気がある。さすがは3位と言ったところか。


 ちなみにこの高級娼館である「胡蝶」には現在約33名の嬢が在籍している。そして高級娼館というだけあり、この店は歓楽街で1,2位を争う人気店。つまりこの店の3位と言う事は、この歓楽街の3位という事と同義だ。


 さらに言うのであれば、この街の歓楽街は、この国で最大の歓楽街。だからこの店のトップを取ると言う事は、娼婦として国の頂点に立っていると言っても過言ではない。巷でも、この店に在籍出来るだけで嬢としては何よりも名誉な事だと言われているくらいだ。


 そしてそんな店の上位人気の嬢ともなれば、絶大なる力と影響力を持っている。


「ヨギリさん、支配人を苛めるのはよくありませんわよ?」

「やめてください。むしろ苛めてるのは貴女でしょう、コハルさん。何度も言いますが私は支配人ではありませんよ。受付兼案内役のただの従業員です。」

「あら、そうでしたわね?」


 今度は白色のエロいドレスを着た、桃色髪で水色の瞳の女が目を細めながら不敵に笑う。綺麗な桃色の髪を背中に流し、これでもかと言わんばかりの色気を巻き散らしている。これがうちの店のナンバー2のコハル。すぐに俺で遊ぼうとしてくる困った女だ。ちなみに胸はかなり大きい。


「勘弁してください。それで他の方々は何か報告やご意見などありますか?」


 一応他の嬢達にも話を振る。ただヨギリとコハルが言葉を発したせいで、誰も口を開こうとしない。


 だがそれは仕方ない事だ。この店の上位3人は飛び抜けて凄い。売上もそうだが、抱えている客も貴族や王族といった国の重鎮ばかり。不用意な発言などした日には店を解雇されるかもしれない。まあヨギリやコハルがそんな事をするなんてありえないが、そう思えるくらいの存在感が彼女達にはあるのだ。


「こら!2人が先に話したせいで皆萎縮してしまっているでしょう?貴女達は最後まで喋らないようにいつも言ってるじゃないですか。」

「おお、主さんが怒ったでありんす。」

「怖いですわ、こんなか弱き乙女を苛めるなんて。」

「はぁ・・・もう2人とも黙っててください・・・」


 とてもではないが、口では勝てそうにない。俺は諦めて話を進める。


「それでは特に報告はないようなので本日の予約について確認します。」


 基本的にこの店は一見さんはお断りだ。というより予約で常に埋まっているので、ふらっとやってきた客を受け入れる余裕などない。それに高級娼館というだけあり、とてもではないが一般庶民に手を出せる金額ではない。


 胡蝶で一夜の恋愛を楽しみたいなら、下位の嬢を指名したとしても、庶民の数年分の稼ぎが必要になる。そしてヨギリやコハルと遊ぼうものならそれこそ数十年分の稼ぎが必要だ。


「・・・以上です。そしてヨギリさんとコハルさんのお客様は・・・」


 特にこの2人の客は丁重なおもてなしが必要だ。ただ俺に言われなくとも、彼女達なら自分の客が誰かは当然把握しているが。

 

 なら何故敢えて朝礼で発表しているのか。それは他の嬢達のモチベーション向上の為だ。嬢達がこの店に在籍している理由は様々だが、誰しもがヨギリやコハルを目標としている。なら彼女達がどれ程凄いのか、直接見せる事が大事だと俺は考え、こうして朝礼で報告と確認をするようにした。


「それはそうとうちのトップはどこですか。」


 朝礼には必ず出るようにと言ったのに、うちの看板娘がいない。


「わらわの事かえ?ちゃんと聞いておるぞ?」


 階段を上がった2階の壁際から幼い女が顔を覗かせている。


「なんでそんな盗み聞ぎみたいな真似してるんですか。ちゃんと下りてきてください。」

「いやじゃ。わらわはえらいんじゃ。だからこうして上から聞くのじゃ。」


 紫色の浴衣のような服を着た幼女が頬を膨らませて拗ねている。見た目は11~12歳といったところだ。


 悲しい事にあれがこの店の人気1位。


「お主・・・今失礼な事を考えたのではないか?」

「いえ、考えてません。ロリババアのくせにとは思いましたが。」

「こ、このアホ!それが失礼な事じゃ!!!」


 そう、何を隠そうこの女、見た目はこんな幼女だが、実年齢は数百歳という化け物だ。当然人間ではない。額からひょこっと可愛らしい角が生えた鬼人族だ。


 ちなみに言っておくと、ヨギリとコハルも人間ではない。ヨギリは立派な狐耳と尻尾を携えた人狐族。そしてコハルは長い耳が特徴のエルフ族だ。


「ただの事実を言っただけです。」

「まだ言うか!わらわはまだぴちぴちの280歳じゃ!」

「え?ババアじゃないですか。」

「お主はいつもいつも・・・!わらわの扱いだけ雑すぎじゃ!今日こそ許さぬぞ!ええい、晩酌するから付き合え!」

「いや、今から開店・・・」

「黙れ!わらわの客は1時間遅れるそうじゃ!その間じゃ!」

「はぁ・・・わかりました。」


 嬢の我儘に付き合うのも従業員の役目だろう。俺は渋々階段を上り、ロリババアの部屋へと向かう。


「ロリババアはやめろと言っておるじゃろ!」

「はい、すいません、アマネさん。」


 ここはとある世界にある高級娼館「胡蝶」。


 こうして今日もいつも通りの1日が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る