胡蝶の夢、夜に舞う

天霧 翔

第一章 胡蝶編

プロローグ

「もし、貴方様、私の事を買っていただけませんか?」


 扇情的な着物のようなドレスを着た女が声をかけてくる。


 ここは欲望を満たす街。


 今日もそんな己の欲望を満足させる為、大勢の男達が一夜限りの恋愛を求めてやってくる。


「いや、私は・・・」


 誘いを断ろうと、声がする方へ顔を向ける。


 すると俺の顔を見た途端、慌てだす女。


「あ・・・ご、ごめんなさい!悪気はその・・・!」

「大丈夫です、お気になさらず。」


 しかし女が慌てるのも無理はない。それがこの歓楽街のルール。この街の関係者を誘うのはご法度だ。声をかけた事が判明した時点で何らかの罰が与えられてもおかしくはない。


 だがオイルランプが仄かに灯された程度の明るさしかないこの場所で、相手の顔をはっきりと視認出来ないのは仕方ない事だ。それにちゃんと誘う相手を確認しなかったという彼女の不注意もあるが、こんなところで事を荒立ててもいい事はない。


「あ、ありがとうございます・・・!このお礼はいずれ・・・」


 小さくお辞儀をし、タタタと走り去っていく。


 次の客を探しに行ったのだろう。客を掴めなければ稼ぎにはならない。この街にいる女は誰もが必死だ。


 一部を除いて。


「あらあら、相変わらずお優しい事でありんすね。」


 声がする方を見ると「うちの店」の女がくすくすと上品に笑いながら立っていた。


「そんなことないですよ。それよりどうしたんですか?この時間に出歩くなんて珍しい。」

「なに、偶には仕事前に夜風に当たろうと思いんした。」

「そうですか。でもそろそろお時間ですよ?」

「そうでありんすね、では戻るとしなんす。・・・お店までエスコートしておくんなんし。」


 それだけ言うと、彼女は妖艶に微笑みながら踵を返す。


「はい、わかりました。」


 俺も店へ向かう為、彼女の後に続く。


 高級娼館「胡蝶」、まもなく開店。

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