第4話:祝杯
「しかしヨギリやコハルは一体どこから連れてきたんですか。」
ハルが胡蝶で働き始めた当初、この2人はいなかった。アマネと数人の嬢がいるだけだった。だがある時、アマネがヨギリを連れてきた。「今日からこやつはここで働くヨギリじゃ。ハル、面倒を見てやれ。」と急に押し付けられた。その数日後にコハルがやってきて、同じようにアマネに押し付けられた。
数週間後、その2人はアマネに次ぐ人気になっていた。アマネ、そしてヨギリとコハル。この3人が胡蝶の現在の地位を不動のものとしたのだ。だが娼婦については素人の俺がヨギリやコハル教えられることなんてあるわけがなかった。だから実際に教えた事と言えば店の基本的な事だけ。一体あの2人はどんな魔法を使ったのやら・・・。
「何者ですかあの2人は。」
「くくく、内緒じゃ。」
「どうやってるんですかね?」
「知らんの。自分で聞くがよい。」
やはり教えてくれない。何故かこの辺りの話題になると口を噤むアマネ。そして上手くはぐらかしてくる。
「アマネさんには敵いませんね。教えてもらえるまで諦めます。」
「良い心がけじゃ。しかしお主も大したものなんじゃぞ?あのヨギリとコハルに相当懐かれておるしの。」
「なんでなんですかね?」
そう、アマネの言う通り、何故かあの2人は俺に懐いている。他の嬢達が俺に従順なのはそのせいもあるのだろう。アマネと仲が良く、ヨギリとコハルに懐かれている。俺に不用意な事を言うと、この3人の機嫌を損ねる。そう思われていそうだ。
「しらん。後、他の嬢達がお主に従うのはそれだけが理由ではないんじゃぞ?」
「そうなんですか?じゃあ何でですかね?」
「だからしらん。自分で聞くがよい。」
ああ、これはもう完全に遊ばれている。アマネはこうやって時折俺をおもちゃにしてくる。しかも基本的に勝てない。さすが280年も生きているだけはある。
「さすがババアですね。」
「ババア言うな!!!このわらわにそんな口を利くのはお主だけじゃぞ!!!」
「まあそれはお互いさまでしょう。」
しかしこうしてアマネとのんびり話すもの久しぶりだ。最後に2人きりで話したのはいつだったか。俺がここに来たのは・・・
「あ・・・丁度1年・・・?もしかしてそう言う事なんですか?」
アマネが晩酌に付き合えとか珍しい事を言うものだから何事かと思ったが、どうやら俺がここに来て1年、祝杯という意味だったらしい。
「やっと気づいたのか・・・このアホ・・・もっと早く気付け。」
「なら最初からそう言ってくださいよ。」
「う、うるさいのじゃ!乙女には色々あるんじゃ!」
「でも嬉しいです。ありがとうございます。」
「そ、そうか・・・ならよいのじゃが・・・。」
アマネが少しだけ照れ臭そうにそっぽを向く。
彼女がそんな表情をするのは珍しい。嬢として客の前に出る時は絶対にしない顔だ。だがアマネだって1人の人間。280年生きてようが、それは変わらない。きっと誰にも見せない彼女本来の顔がある。それを1つ、垣間見れたような気がした。
「可愛いですね、アマネさん。」
「五月蠅い!・・・ええい、ハルよ!その他人行儀な喋り方なんとかならんのか!わらわはこうむず痒くて仕方ないんじゃ!」
「まあ・・・仕事中ですから。ケジメは大事です。」
俺だって普段から常にこんな口調で話しているわけではない。仕事の時だけだ。そしてアマネや嬢達とは仕事の時以外ではあまり話さないので、必然的にこうなる。ヨギリやコハルにもよく言われる事だ。だが仕事は仕事。
「むぅ・・・なら今度・・・仕事ではなく普通に晩酌に付き合うのじゃ。最近ハルとは仕事以外で会っておらんしの。」
それは仕方ない。アマネは仕事が終わるといつもどこかへ消える。ヨギリやコハルもだ。ただそれはその3人に限った事ではなく、他の嬢達もだ。まあプライベートな時間をどこで何をしようが個人の自由。俺が口を挟む権利はない。
「誘えばいいじゃろ。ヨギリやコハルなら喜んで行くと思うのじゃが?」
「いや、俺からは誘えませんよ。自分の店の『商品』に手を出すわけには行きません。言葉は悪いですが、これは当然の事です。」
俺が嬢達とどこかへ出かけているところを客に見られるのはよろしくない。自分で上げた店の価値を自分で下げてどうする。だから俺は嬢のプライベートは一切詮索しないし、誘わない。
「ふむ。お主がこの店の『客』にならんのはそういうわけなんじゃな?」
「ええ。というよりそんな大金ありませんよ。」
「くく、お主から金を取ろうと思うやつはおらんと思うがの。」
「なら尚更ダメですね。」
確かにヨギリやコハルならそう言いそうだ。だが公私混同はよくない。せっかくここまで胡蝶を有名にした以上、不用意な事は絶対に出来ない。大体娼館経験のない俺にそんな勇気がそもそもあるわけないだろうが。
「なら・・・向こうから誘われたらお主はいくのか?」
「内容によりますけど、理由もなく断ったりはしないでしょう。」
嬢のケアも大事だと自分で言った以上、無下には出来ない。おいそれと頷く事は出来ないが、内容を聞いて、大丈夫そうなら付き合うと思う。まあ今のところそう言った誘いはないので考えた事はないが。
「ほう。なら誘えば行くらしいとわらわが広めておいてやるのじゃ。」
「ほんと面倒なのでやめてください。」
「くくく、ならわらわに今度付き合え。」
悪戯が成功したような笑みを浮かべるアマネ。何か癪なので言い返しておこう。
「デートのお誘いですか?」
「ち、違うぞ!そ、そういうのではないわ!」
面白い。娼館で嬢をやってるくせに、何故こんな事で焦るのか。アマネの意外な一面その2だ。
「冗談ですよ。その代わりちゃんと変装してくださいね。」
「も、もちろんじゃ。お主やわらわの店に不利益になるようなことはせん。」
「ならいつでも声かけてください。・・・ってそろそろ1時間ですね。」
俺は時計を確認し、椅子から立ち上がる。客が来る前にアマネの部屋から出ておかなければ。
「そうか・・・もうそんな時間かの。」
どこか寂し気な表情で呟くアマネ。
「アマネさん、本日も宜しくお願い致します。」
「うむ・・・!大丈夫じゃ、任せるがよい。」
「それでは私はこれで。」
俺は踵を返す。
部屋から出ようとした瞬間、アマネに呼び止められる。
「ハル、1年ありがとうなのじゃ。これからもよしなに頼む。」
「はい。こちらこそありがとうございます。アマネさん、これからも俺をよろしくお願いします。」
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