第2話 チート少女

 2036年12月。新宿は、厳しい冷え込みにもかかわらず人でごった返していた。


 俺は、歩行者天国と書かれた柵の横を通り抜け、ゲーム会場へと入る。すかさずゴーグルをつけ、側面のボタンを押す。


 目の前のビル郡は、瞬く間に中世風の石造りの尖塔に姿を変える。


「さぁて、今日も愉しく狩れそうだな!」


 自動でID、パスワードが入力され、ログイン認証が完了した。


 今回出現するモンスターは吸血種。飛行に加え、HP吸収による回復までできるという前情報だ。


 弓で撃墜し、剣で仕留めるというのが良いだろう。幸い、俺のメイン武器はロングソード、サブ武器は短弓だ。


 皆考えは同じようで、上空に現れた吸血種を次々と撃墜していく。皆が手斧だのハルバードだので斬りかかる中、俺も剣で参戦した。


「ちょっとは経験値になったか?」


 レベルは1だけ上がった。二、三体しか狩れなかったが。初期なのでレベルが上がりやすいおかげだろう。


 やはりまだ、身体がついて行かない。


 すると、空に亀裂が入るエフェクトが映し出された。


 そうだ。まだエリアボス戦が残っている。【モルト・ヴィヴァーチェ】は各地域で週次でしかプレイできない。ユーザを飽きさせないため、ボスキャラも趣向を凝らしたものとなっている。


 今回は、吸血鬼というより、堕天使といった出で立ちだ。【グリゴリ】という名前らしい。黒の光球を両手に掲げ、こちらへと投げてきた。すぐさま地面は黒炎のエフェクトに包まれ、ダメージを与えてきた。どうやらこの炎はしばらく消えないらしい。毒沼みたいなものだ。


「皆、地面から離れろ!」


 歩道橋の上から他のプレイヤーが叫ぶ。どうやらそうするしかないようだな。


 やがて、魔法やら射撃やらの遠距離攻撃がダメージを蓄積させ、グリゴリを引きずり下ろした。


 だが、グリゴリは驚くべきことに、身の丈ほどはある長剣を両手に召喚した。


「マジかよ」


 俺は思わず呟く。当たり判定がめちゃくちゃ広そうだ。VRでもこんな無茶苦茶なボスいなかったぞ。皆のリアルな肉体の体力も消耗している。これはマズいな。


 俺に至っては、もう既に両脚が筋肉痛だ。大立ち回りは無理だし、ARでそんなことできない。


 と思ったとき、ゴスロリ姿の少女が悠然とグリゴリに近づいていった。


「歩法【虹霞】」


 グリゴリの双剣による攻撃は、なぜだか当たらない。少女はそこに立っているだけなのに。まさか、チート? いやだが、ARでチートだなんて聞いたことがない。


「ただ突っ立っているように見えるが、グリゴリが剣を振るったときのエフェクトに紛れて、敵に急接近し攻撃している。また元の位置に戻るから、動かないように見えるだけだ」


 訳知り顔のプレイヤーが、俺の隣でそんな考察をしている。


 チートなしでそんな動きが可能なのか。


 だとしたら、俺もできるようになりたい。


 数多のVRゲームを制してきたせいか、俺の向上心には火が付いた。

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