第5話 18年前……

美代子 「すみません…桃子と啓介は直ぐに引き取りに来ますから! 

皆さんが好意で勧めてくださった縁談も上手くいかなくて…

生活が安定したら、直ぐに伺います…

それまで 桃子と啓介を宜しくお願いします!」


親戚おばちゃん A

「ああ…うちは、構わんよ。

3人も5人も変わりゃせんって…。 美代子さん、

アンタも身体に気をつけて無理せんようにな…。」


桃子「お母ちゃん…またどこか行くんか? はよ帰って来てな!」


啓介「お母ちゃん! 僕も連れてって! エエ~ン!」


美代子「桃子…啓介…ゴメンね! 

お母ちゃん…直ぐに迎えに来るから…

おばちゃんの言う事 よう聞いてな! 

ほなな!」


美代子は子供達を残して逃げるように親戚の家を後にした。


美代子[桃子! 啓介! ゴメンな! 直ぐに…直ぐに…迎えに来るからな!]


美代子は枕を涙で濡らさない日は無かった。

………………………………………………………


お客 A

「美代子さん…実は話があるんや。 

麻布十番に服飾の会社があってな…

女社長が後継者がおらんから…

会社を たたむって言うんよ。 


どや? その後を引き継いで…会社運営してみいへんか? 

洋服 好きって言うとったやろ? 

ピーンときた訳よ!」


美代子「鈴木さん…そんな上手い話…良いんですか?

私なんか経験も無いし、人の上に立つ事なんか出来るかしら?」


お客 A (鈴木) 「美代子さん…アンタは優しい所が良えんよ。 

周りの人に気を配れる…仕事を円滑にやる鉄則よ。」


美代子「鈴木さん…その話がホントだったら…

私は どう恩返しをしたら良いんですか?」


鈴木「いやいや…恩返しやなんて…

むこうさんも引き継いでくれる人を探しとったんよ。

 

これは、言わば…人助けやさかいに。 

気が進まへんなら、無理にとは言いまへんが…。」


美代子「分かりました。 

鈴木さんが人に頼んで無理して持ってきてくれた話なら、気が引けますが…

そうで無いなら、受けさせてください。

 

私もずっと水商売をやりたくは無いんです。 

子供を迎えに行かないといけないですし。」


鈴木「そうか。 じゃあ受けてくれるんやね。

先方さんに早速話してみるわ。 

…初めて聞いたけど…子供がおるんやね。」


美代子「はい、若くして主人に先立たれまして。

私は一人で生きて行こうと思ってるんですが…親戚がいろいろ心配してくれて、

子供を預かってくれているんです。」


鈴木「そうかあ…。 

美代子さんも苦労人やなあ。」




《とある東京の展望パブにて》


美代子「鈴木さん…ここ お高いんじゃないですか? 私、こんな所へ来たの…初めてです。」


鈴木「美代子さん…実は今日、美代子さんにお話があって お呼びしたんですよ。 


僕は家は大阪にあって、妻も子供もいてます。 仕事は大手メディア業界の責任者をしてますねん。 


仕事柄ストレスが多くて…美代子さんと話す事が唯一の楽しみですわ。


単刀直入に言うと…僕と付き合ってほしいんです。」


美代子「鈴木さん…あなたからお聞きしたところ…貴方は家庭がお有りになって、


権力も財力もある… 私など出戻りのコブ付きですし…

お遊びが過ぎるんじゃ有りませんか?」


鈴木「私は40ですが、この歳になるまでいろいろ女性を見てきました。 


でも…美代子さんほど素敵で純粋で美しい女性を知りませんわ。


僕の事が嫌いなら…諦めます。


でも…僕を嫌いじゃないのなら…僕の気持ちを受け取ってください。」


美代子「私…男性とお付き合いするのが怖いんです。

お付き合いしている時は幸せですが、その幸せは直ぐに消えてしまうように思えるんです。」


鈴木「美代子さん…大丈夫ですよ。 

僕は…こう見えても悪運が強いんです。 

殺されても死にませんから。(笑)」


鈴木 「僕…5才の時に両親と登山に行ったんだそうです。 

そして、山道から足を滑らせて200メートル位滑落したんだそうです。

もう 両親は…僕の姿が見えなくなって…

ダメだと思ったらしいです。

しかし、運良く木の枝に引っ掛かって助かったらしいんですよ。


それから15才の時には大型ダンプカーに引かれましてね…

一緒にいた友達は、僕の事…もうダメだと思ったんですね。

その時乗ってた自転車はグシャグシャだったんですけど…僕はダンプカーの左右のタイヤの間に入ってて無事だったんです。


25才の時には原因不明の高熱に…

35才の時には飛行機事故に遇いまして…


そこで悟ったんですね…

 

私には何かしら死んじゃあいけない…

やらないといけない使命が有るんじゃないかと…。」


美代子は立て続けに喋る鈴木に笑いを堪えられ無かった。


「ゴメンなさい。 ここ…笑うとこじゃないですよね。 でも可笑しいです。

鈴木さんって…本当に不死身なんじゃないかと。」


鈴木「そうそう…そこを分かって欲しかったんですよ。

美代子さん…あらためて、僕と付き合ってください。 お願いします。」


………………


鈴木と美代子は紅葉を迎えた箱根の宿にいた。


鈴木「美代子さん…忙しいのに箱根へ付き合ってくれてありがとう。 どうしても美代子さんと綺麗な紅葉が見たかったんよ。」


箱根の温泉街を…手を引いて歩く鈴木に連れられて、美代子は少し顔を赤らめながら付いて行った。


宿に着くと二人は紅葉の美しい…庭の見える部屋に通された。


宿の仲居はお食事はお部屋にお運びしますね…と言った。


部屋から眺める紅葉はとても綺麗で、鈴木からは美代子と紅葉が同時に見えて…いつまでも飽きない風景だった。


美代子「私ね…こんな人生だったでしょう…。

まさか…こんなにゆったりした時間を過ごせるとは思いもしなかったの。

鈴木さん…本当にありがとうございます。」


二人は運ばれたお膳に箸を運びながら…

昔の事… 最近の事… いろいろ思いながらも多くは語らない…気の許せる間柄になっていて、


その事がお互い有難い良い関係になっていた。


お風呂も男湯、女湯と分かれながら…お風呂場から出るのは申し合わせたように同時だった。


その事だけでも二人は気が合う関係に思えた。


お風呂場から部屋に帰るとお布団が並べて引かれていて…なんだか二人照れてしまった。


美代子はお布団に入ると鈴木の顔を恥ずかしくて見れなかった。


「美代子さん…寝た?」


「ううん…いろいろ思い出していたの…。

若くして結婚した時のこと…

主人を事故で亡くして…

親戚から猛烈に次の縁談を勧められたり…

その為に子供と引き離されたり…。」



「美代子さん…続けて…。」

鈴木は聞きながら美代子の手を握った。


美代子「そして、鈴木さんに出逢って…

会社を任せてもらって…

私、今…幸せよ。


親戚に預けている娘と息子の事は心配だけど、

直ぐに迎えに行くわ。」


鈴木「僕の事は好き? 恩を着せて美代子さんをモノにしようとする…。」


「鈴木さんが…そんな人じゃあ無いって分かってるから来たの…。 


もし、そういう人なら付いて来たりしない…。」

美代子は ちょっと上目遣いに鈴木を見てみた。


「参ったなあ…それじゃあ美代子さんの前では良い子にしてなきゃあ成らないね。」

鈴木はお預けを食ったような顔をしてみた。


美代子は、そんな鈴木が可哀想に見えて…

スルリと鈴木の布団に入った。


「優しくしてね…。」

美代子は鈴木の中で女を取り戻した。


………………………


美代子は、先の縁談話も破談になった訳だし…

子供達を早く迎えに行かなきゃ…と焦っていた。


「叔母さん、桃子と啓介は元気にしていますか…

すみません、預けっぱなしで…。」


「美代子さん…ゴメン、早く言わないといけないと思ってたんだけど…

実は昨日の夕方から急に居なくなっちゃったんだよ、二人一緒だと思うんだけどね。 

思えば…お母さんの所へ行きたい…って最近よく言っててね。」


「ああ…そうなんですね。 迎えに来るのが遅かったんですね。 


それで二人は私を訪ねて行くと…何か当てがあったんでしょうか? 私の住所とか… 」


「いや…居なくなる直前に うちの子達と言い合いになって感情的になったみたいで…


きっと当ては無かったんだと思うんだよ。 

警察には届けたんだけどね。」


美代子[良い人に保護されてると良いんだけどなあ]


3ヶ月くらいは全く姉弟の手掛かりは無かった。


ある日電話があって、


「たぶんお宅のお子さんの姉弟だと思うんだけど…もうすっかりウチに慣れちゃって…


私も随分情が移っちゃったんです。 

どうですかね? 


桃子ちゃんと啓介君をウチに戴けませんか? ウチは子供が無くてね…。」


[そんな…犬猫じゃあるまいし…人の子をくれとか…やるとか…当の子供達本人はどうなんだろう?]


「ウチの子供達が迷っている所をすみません。 

有り難うございます。 

それで…あの…当の子供達は何と言ってるんですか?」


「まだ言ってません。 

今ならお母さんが良いのは当たり前です。 

そこでお願いしてるんです。

うちは会社を経営してて寝食には困りません。 

二人に贅沢だってさせてやれます。

私達夫婦に桃子ちゃんと啓介君をください!

お願いします。」


美代子「田代さん、連絡してくださって、

ありがとうございました。


話は分かりました。 

私は母親ですから…子供と引き離されるのは、凄く辛いです。 


でも田代さんが子供が いらっしゃらないのが

お寂しいというのも理解できます。 


子供の幸せを願うのが親ですから…


ひとつ約束してほしいんです。 


子供達が どうしても嫌がったり…

育てられない状況になったりしたら、


必ず私が迎えに行きますので…

良いですね。」


田代「分かりました。

その時は必ず連絡します。」


美代子は三日三晩泣き通した…。

「桃子~ …… 啓介~ …… 桃子~ …… 啓介~ ……」


「桃子ちゃん……啓介君……いっそ逃げて帰って来て……

でも…でも…そうしたら…二度と田代さんには

子供達を渡せなくなる……」


そんな時に、美代子は自分が妊娠している事を知った。


…………………


鈴木「美代子さん…赤ちゃん…出来たんだ…。

凄く嬉しいよ。 

良かった…。 大切に育てような。」


美代子「鈴木さん…ご迷惑じゃないですか?

貴方は家庭のある身。 

私は貴方の子供を生んではいけないのでは…

無いですか?」


「美代子さん…私は家庭を捨てて美代子さんと一緒になりたいよ。

そして新しい家庭を作りたい…。」


「鈴木さんの気持ちはよく分かります。

その気持ちがウソじゃ無いことも…

でも私…泥棒猫には成りたく無いんです。

私は鈴木さんに愛して貰いました。

とても幸せなんです。

でも奥様から鈴木さんを奪う事は出来ません。

私は私の子供としてお腹の子を育てます。

ひとつお願いは…名前を付けて欲しいんです。

まだ男の子か女の子かは分かりませんが。」


「本当に済まない。

君を幸せにしたいのに…

辛い思いばかりさせて…」


「いいえ…

私は鈴木さんに逢えて幸せなんです。


こんな人生……

一人じゃ とても生きていけない…」


「美代子さん…」

鈴木は自分の上着を美代子に着させて、


その上から抱きしめて…

寒くないようにと気遣った。


…………………


鈴木と美代子の間に生まれたのは女の子だった。


鈴木は その女の子に〈玲奈〉という名前を付けた。


美代子「鈴木さん…ありがとう。

素敵な名前だわ。 将来は大女優か大統領夫人かもよ。」


鈴木「良かったよ…母子ともに健康なのが一番だよ。

大女優も良いけどな。」


「私と鈴木さんの愛の結晶ね。 

可愛いわ。

自分の子じゃないみたい……きっと神様からのプレゼントなんだわ。 


いつも最悪の時の私を救ってくれるのが子供達なんです。 

桃子も啓介も私の心の中には いつも いるんです。」


「そうかあ…そうなんだね。

美代子さんは、もっと幸せにならなきゃ!

よし…私が幸せにしてみせるよ。 

美代子さんも玲奈も桃子ちゃんも啓介君もね。」


美代子は そう意気込む鈴木を可愛いと思った。


「ありがとう…」

そう言って美代子は鈴木の頬にキスをした。


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