第111話 キングメーカー

 サキとニコロは卓を挟んで相対しながら、しばらく沈黙が続いた。窓からの風に少し伸びたサキの髪がなびいた。


「なぜ気付いた?」


 サキの問いにニコロが答える。


「タナティアからアウラ女王が来たよ。驚いたことに君をよく知っていた。君を恩人だと言っていたよ。君がタナティアの女王誘拐事件に深く関わっていたと聞いてまた驚いた。女王が君と過ごした夜、君は女王におとぎ話を聞かせたそうだね。女王はその話を気に入って、その後本に書かせたんだ。そして私はそれを読ませてもらった」


 そのおとぎ話の筋は概ねこんな感じだ……。


 むかしむかし、ある国に若い王子さまがいました。王子さまは乗馬が好きで、その日も城を出て馬に乗ってある村に遊びに行きました。その村には若い娘がいて、王子さまはその娘と恋に落ちました。ふたりは結婚することを誓い合いました。


 しかし王さまは決してふたりの結婚を認めないでしょう。そこでふたりは駆け落ちすることにしました。酔っ払った司祭に立ち会ってもらい、秘密で結婚式を挙げました。ふたりの間には男の子が生まれました。


 若い王子さまはやがて王さまになりました。女との結婚は秘密にされたままです。王さまが亡くなり、こまった人々は王さまのことを調べ、男の子がみつかりました。男の子は王さまになりました。めでたし、めでたし。


 「そう。乗馬が好きで娘と恋に落ちる王子がサルアン様で、生まれた男の子が私とすれば、私の生い立ちの話にそっくりだ。それで、もしやと疑念を持った」


 ニコロはサキをまっすぐ見つめた。


「私はサルアン様の子供なんかじゃない。私がサルアン様の嫡男だなんていう話は、君が創作したおとぎ話だったんだね?」


 サキの沈黙が真実を物語っていた。


「どうやったのだ? マリウスは君のおとぎ話を信じ切っている。どうやってマリウスを騙した?」


 サキがやれやれとため息をつき、真相を話しはじめた。


 ――私はタナティアでアーロンから自分がサルアンの隠し子だという話を聞いた後、エリクの居館に行って彼からマリウスが王位継承権について調査をしているという情報を得た。


 マリウスの人物や調査内容を知るため、彼に近づいて話をした。マリウスは私を憎んでこそいるが、公正で信仰深い敬虔な人物であり、シオンの肩を持つようなことはないと確信した。もちろん私の肩を持つこともないが、調べたことを公正に扱うはずだ。


 シオンが自分の正体を知る者の口をふさいでしまっているだろうから、あいつが偽者であることを示すことは無理かもしれない。しかし、ウェンリィ様より王位継承権が上の人物をでっち上げれば、シオンが偽者か否かにかかわりなく王位はその人物のものになる。だからそういう人物をでっち上げることにしたんだ。


 それに私は王になって国を統治するなんてごめんだからな。誰か別の、もっとふさわしい者を王にすることを思い付いた。


 そして王の候補として思い浮かんだのがあんただった。


 さて、あんたが王位継承者だという話をでっち上げなきゃならないが、あいにく私は話を作るのが苦手でね。私が幼いころに母に聞かされ、私がアウラに聞かせたさっきのおとぎ話を使いまわすはめになった。


 マリウスはサルアンの友人だったロデリックに話を聞きに行くことを予想し、先回りしてロデリックに会って協力を依頼した。ロデリックに作り話をしてもらった。サルアンが妃と結婚する前に、村の娘、つまりあんたの母親と駆け落ちしたという作り話だ。


 言っておくが、ロデリックは作り話をすることに強い抵抗を感じていた。実際、彼を説得して協力させるのには苦労したよ。ロデリックはサルアンやウェンリィ様が殺されたときに自分が何もできなかったことを後ろめたく思っていた。卑劣かもしれないが、私はそんな彼の心情を利用した。サルアンの娘が目の前にあらわれて頼み込まれると、彼はついに断り切れなかった。


 そうしてロデリックの作り話を聞いたマリウスは、あんたが正統な王位継承者だという結論に誘導されたのさ。


 ニコロは額の汗をぬぐった。


「あの酔っ払いの元司祭は?」


「彼は……」


 酔っ払いの元司祭は、かつて修道院にいたときに私が恩を売った男だった。サキは先輩司祭に「大罪を犯して破門された者たちに施しをしてはならない」と言われたが、その夜にこっそり施しをした。

 

 サキはロデリックのところへ行く前に男のもとを訪れた。


――あなたは。あのときの修道女様


――力を貸してほしい。難しいことかもしれない


――何をするのです?


――神に真実のみを語ることを誓った直後に、作り話をしてもらいたい


 彼は相当葛藤したはずだ。身を持ち崩し破門されたとはいえ、信仰心を完全に棄て去ったわけではないのだ。実際のところ裁判で彼がサキが頼んだ通りに証言するかは最後まで確信できなかった。男が心変わりをして証言を拒むかもしれなかった。


 男はおそらくひと言ごとに血を吐く思いであの証言をしたのだ。あの後一度男と会ったことがある。感謝するとともに苦しい証言をさせたことについて申し訳なく思っていると謝った。すると男は首を振り、「誓いを破ったことも、きっとお許しくださるはずです」といった。


「彼にも苦しい思いをさせてしまい、申し訳ないと思っている」


 ニコロは首を振りながら声を振り絞った。


「なぜ私なのだ? 他の人間でもよかったはずだ。もっとふさわしい人間がいたはずだ」


「あんたは父親が不明で、私の作り話の主人公にうってつけだった」


「しかし――」


「マリウスに言われたよ。私は女で、統治の経験がない。おまけに王族殺害を含め王宮での多数の殺人容疑がかかっている。まったく君主にふさわしくない。それに比べてあんたは男で、政治に長けている。王宮のしきたりにも詳しい。私の知る限り殺人者でもない。理想の王にぴったりだ。体は小さいが」


 ニコロが肩を聳やかす。


「私に従う諸侯はいないが、あんたなら意外と諸侯の支持が得られるんじゃないかと思ったんだ。私は政治には疎くてね。理想の君主像なんて持ち合わせていないよ。だけど、あんたなら善い君主になるんじゃないかと思った。直感だけれど」


 ニコロはサキの話を聞きながら、先日彼女をゲームの勝利者を決定した第三のプレイヤーとして、キングメーカーになぞらえたことを思い出した。


 しかし、彼女は文字通りのキングメーカーだったのだ。私という幻の王を作り上げたという意味で……。


  ニコロは顔を上げ、もうひとつ気になっていたことを口にした。


 「君はシオンを暗殺するためにわざとシオンに捕まったんだね? 君がシオンを暗殺できたからよかったものの、暗殺に失敗していたらどうなっていた? 私もその翌日にはシオンとの決戦で惨敗しただろうし、シオンの天下が続いていただろう。君の復讐は一か八かの賭けだったんだな。大した精神力だ」


「そうでもないさ。たしかに私の暗殺計画は、成功の可能性が低いものだった。だから、失敗したときの備えを用意しておいた」


「備え?」


「もし私がシオンの暗殺に失敗したら、翌日の決戦でクルセウスはシオンを裏切り、背後からシオンを攻撃することになっていた」


 ニコロは眉根を寄せた。


「ばかな。なんの得があってクルセウス王がそんなことをする? 裏切り者の汚名を受けてまでそんなことをする理由がないだろう?」


「それが、あったのさ」


 サキは口角を少し上げ、不敵な笑みを浮かべながらニコロの目をのぞいた。

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