第107話 夢
幼いニコロ少年が子供たちにいじめられている。こうしたとき、ニコロ少年はもし強い兄がいればと思うのが常だった。
いじめっ子たちがいじめに飽きて去っていく。ボロボロになったニコロは目に涙をためながらも立ち上がり服の汚れを払う。そして強い兄がいじめっ子たちを懲らしめ、ニコロを助けてくれるのを空想する。しかし彼は独りきりだった。
家へ帰ろう。母のいる家へ。ニコロは道を歩いていく。しかし家へ続く道を歩けども歩けども家には近づけない。ニコロは気付く。永遠に続く道の途中に自分は独りきりなのだ。どこまで行ってもどこまで行っても独りだ。どこまでも、どこまでも――
「陛下!」
マリウスの声にニコロが目を覚ます。椅子に腰かけたままいつの間にか眠りに落ちてしまっていたようだ。記憶が戻ってくる。自分は戦を控え、戦のことをあれこれと思案していた。マリウスの声の具合から、ただごとではないと直感する。
「どうした? 敵の夜襲か?」
「いいえ」
マリウスの声は抑制されているが、珍しく興奮しているのがわかる。
「まだ確認が取れていない情報ですが……」
マリウスが少し間をおいて告げる。
「シオンが死んだようです」
ニコロの頭は寝起きでぼんやりとしており、その言葉の意味を理解するのに時間を要した。そして言葉の意味を理解しても、その意味するところが荒唐無稽過ぎて思考や感情に結びつかなかった。
その結果、彼は眉根を寄せながら口をぽかんと開け、間の抜けた顔で呆然と固まることになった。
マリウスは冗談を言っているのだろうか?いや、この男が冗談を言うことなどありえない。そうかこれは夢の続きか。今も現実の自分は椅子に腰かけたまま眠っているのだ。
これが夢ではないことと、マリウスが似合わない冗談を言ったわけでもないことを理解するのにさらに時間を要した。とにかく確認を取らなければならない。ニコロは顔を洗って眠気をさまし、マリウス、アーロンと、少数の護衛を連れ、馬に乗って陣を離れた。
遠くの空は白みはじめていたが、外はまだ薄暗い。ニコロら一行は、斥候に案内されて王都近くまでやってきた。
「あれです」
偵察兵が指を指す先には英雄の巨像がある。剣の先にたしかに何かが刺さっているようだ。人のようにみえる。
「あれがシオンか?」
「はい」
「ここからではわからん。もっと近くでみたいな」
マリウスが止める。
「これ以上近づくのは危険です。城壁の上から弓が届きます」
斥候が補足する。
「私はもっと近くで確認しましたが、あれはシオンに間違いありませんでした」
巨像の上の処刑場には人が集まっている。あの死体を引き上げようと段取りを相談しているのであろうか。
「王都の中では一体何が起こっているのだ?」
マリウスは首を振る。
「わかりません」
そのとき、ふいにアーロンが城門を指さして言った。
「陛下、城門が開きます」
アーロンが言うとおり、王都の城門の跳ね橋が下され、川に橋がかかる。中からは馬に乗った者が二騎、ゆっくりと出てくる。その騎手たちはこちらへ向かって進んでくる。目を凝らしてみると、先を行く騎手は旗を掲げており、ある程度近づいてきたところでそれがオルセイの紋章だとわかった。
「陛下、あれはオルセイ卿です。いかがなさいます?」
マリウスが問うと「話がしたいのだろう。私もだ。会おう」とニコロが答える。アーロンが進み出て手を挙げる。オルセイはそれに気づき、速度を上げて近づいてきた。
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