第104話 対峙

 ニコロはマリウスの城を拠点とした。城内にニコロを支持する諸侯が集まり軍議が開かれる。


「我らは六千ほどです。敵は一万三千」


「倍以上だな」


「傭兵を二千ほどかき集めます」


 ディミトリィが請け負った。


「それでも不利は否めないな」


「向こうの大将は救国の英雄で、こっちは戦の経験がないネズミだ」


 ニコロの自嘲には、誰も反応しない。


「指揮官にしても、向こうにはあのオルセイをはじめ経験豊富な軍人が揃っている。こちらは武名をはせた将が欠けている。これでは兵たちの士気が上がらん」


「陛下!」


 小間使いが客を引き入れる。部屋に入ってきたのはアーロンだった。アーロンはニコロ前にひざまずいた。


「私はサルアン様の嫡子を守ると誓いました。誓いを果たさせていただけないでしょうか、陛下」


 欠けていたものが揃った。不利な状況には違いないが、ニコロの胸に希望が湧いてきた。


***


 クワトロは、タナティアでの生活に飽き、新兵を募集していた傭兵団に入ることにした。サキがいなくなってからもクワトロは剣の修行を続け、腕前に自信を深めていたし、自分はすでに一人前の戦士だという自負があった。それで、今の自分がもっと強くなるために必要なのは実戦経験だと考えた。


 セフィーゼには猛反対されたが、最後には家出同然で宿を飛び出した。アルヴィオンで戦があるようで、傭兵団は新兵を次々と雇い入れていた。年齢を問われ、クワトロは三つさばを読んだ。みえみえの嘘だったが、よほど兵の頭数を揃えたいのか、雇われた。


「我々を雇用する陣営はかなり不利な状況のようだ。おそらく負け戦になるぞ。初陣が負け戦ってのも幸先が悪いが、それでもいいのか?」


 傭兵隊長に問われたが、クワトロは即答した。


「連れていってくれ」


 それから急いで行軍の準備が進められ、傭兵団は出立した。傭兵団はアルヴィオンへ向かう前に村落に寄り道した。


「アルヴィオンに行くのでは? なぜ村に寄る?」


 クワトロが聞くと隊長は「雇用主には五百の兵で参戦すると言っている」と平然と言った。クワトロは困惑した。この傭兵団の規模は百五十にも満たない。


「多額の前金を約束させるために大風呂敷を広げたからな。少しでも数を増やすためスカウトが必要だ」


 むこうから村の若者数人が歩いてきた。すかさず隊長が声をかける。


「お前たち、農作業もしないでふらふらしているようだな」


「ああ?」


「さしずめ、農家の次男や三男だろう。それより俺たちとひと稼ぎしてみないか?こんなところで燻ぶってないで、一旗揚げるんだ」


 こうして道すがらの村々で戦の経験の無い農民を雇いながら傭兵団は王国へ向かった。道中、クワトロは我慢できなくなって隊長に聞いた。


「いつもこんなことやっているのか? 傭兵団って歴戦の強者たちの集団だと思っていたけど、ほとんどは農民で戦の素人じゃないか」


「坊主、これが世のためだし、俺たちのためなんだぞ。村の連中にしたって、口減らしをしたいんだよ。特に働かないでぶらぶらしているやくざ者はな。新兵は傭兵報酬の相場も知らないし、支払う報酬は低く抑えることができる。それに入団料だの新兵訓練費用だのと口実をつけて手数料を取れる。つまり俺たち隊長連中の取り分も増えるってことだ」


「雇用主には、うちの団員は皆、歴戦の勇士だって言ってるんだろ? まるっきり嘘じゃないか」


「新しく雇った奴らは農村で喧嘩に明け暮れたり、厳しい環境でたくましく生き残ってきている。立派な歴戦の勇士じゃないか」


***


 ニコロはマリウスが次々差し出してくる手紙にひたすら署名をしていた。手紙はニコロの名で諸侯へ参戦を要請する檄文だ。内容はシオンを偽王と糾弾し、真の王であるニコロを助けるように乞うものだ。貢献したものには恩賞が与えられることが仄めかしてある。


 最初のうちは手紙の内容をよく読んで確認し、宛先の相手向けにアレンジしたり必要に応じて修正を指示していたが、後半は名も知らぬ小貴族や味方になる可能性が薄い相手宛てになってきたので、署名だけをする流れ作業になった。


 ようやく署名の作業が終わった。事務仕事には慣れているニコロだが、さすがに手が疲れ切った。手を揉みほぐしながらマリウスに愚痴る。


「明日は戦だというのにこれでは満足に剣を握れない」


「剣を握れたとしても陛下は戦力になりません。後方の安全な位置にいてください。陛下が剣を振るうことがあるとすれば、それはすでに負け戦です」


 辛辣な皮肉の後も休む間もなくマリウスが提案してくる。


「味方の諸侯が裏切らないように人質を取りましょう。敵も当然自らに従う諸侯から人質を取っています。斥候の報告によれば、諸侯の家族が続々と王都に入っているようです。私も妻を人質に差し出します」


「いや、人質は取らない。皆、自ら集まってくれた者たちだ。人質を取れば士気が下がる」


「陛下は慈悲深い志をお持ちです。しかし君主たるものには時に冷徹さも必要です。特に戦ではその慈悲が命取りになりえます」


 マリウスが主張する。しかしニコロは首を振る。兵士が報告に来る。


「傭兵部隊が到着しました」


 ニコロが席を立つ。


 マリウスとアーロンが残り、ニコロを見送る。


「陛下のあの甘さが命取りにならなければよいが」


 マリウスが嘆息する。アーロンが問う。


「裏切り者が出るとお考えですか?」


「出ないことを願ってはいるが。形勢はあきらかに不利だ。勝ち目の多いほうへ鞍替えを考える者もいるだろう」


 ニコロがディミトリィと傭兵の閲兵をする。ディミトリィが傭兵団長に聞く。


「歴戦の猛者が五百人という話だったが? それに相応しい大金を支払った。しかしここに集まっているのはどう見ても三百人以下だ」


「わが軍は一人が二人分の働きをします」


 傭兵団長は平然と答える。ディミトリィが近くに立っている一人の青年を指さす。そのにきび面の青年は、どうみても十五、六で農民の服装だ。


「歴戦の猛者? この小僧はどうみても戦の経験がなさそうだ。その辺の村から農民の次男や三男を引っ張ってきたのだろう? こいつが持っているのはなんだ? まさかこれを槍というつもりじゃないだろうな。どうみてもこれは農具だ」


 実際のところ、その傭兵団の半分はその青年と大差がなかった。ほとんど装備らしい装備を持っていない。


「前金はお返しできません。それに、我々は王都側につくことになります」


 ディミトリィが腹いせにたてかけてあった木盾を蹴ると、盾は割れてしまい、その奥の木箱にしたたかに足をぶつけてしまった。ディミトリィは倒れ込んで悶えた。


「ボロ盾め! 想像を絶するボロさだ!」


 ニコロは頭を抱えてアーロンにいう。


「余剰の武具を貸してやれ。一週間で鍛えなおして戦力にできるか?」


「いいえ。騎馬隊が迫ってきたらちびって逃げ出すでしょう」


 クワトロは自分たちの総大将をみた。子供のような背丈のネズミ公と呼ばれているらしい。なんと頼りなさそうな総大将だ。一体この軍は大丈夫なのか。閲兵式の後、傭兵隊用に直接その疑問をぶつけてみた。傭兵隊長は事もなげに言った。


「馬鹿かお前は。明日、戦がはじまったらちょっとだけ戦うふりをして、さっさと逃げるんだよ」


 クワトロは愕然とした。最初から戦う気など無かったのだ。


「いいか。傭兵として生き残りたければ、一番大事なのは勝ち負けの見極めだ。勝てるなら最後まで戦って首級をあげまくって勝利報酬をたんまりいただく。負けるなら戦っても何も得られないからさっさと逃げるんだよ。普通は勝ち負けが予想しにくいから難しいんだが、今回の戦は簡単だ。負けが明白だからさっさと逃げるんだよ。勝ち目のない戦なら当然だ。他の傭兵団もみなそうするさ。勝利報酬はいただけないが、命には代えられねえ。お前も生き残りたかったらできるだけ後ろのほうに陣取れ。前線には新兵たちを配置する。脆い盾だが、少しは時間が稼げる」

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