第103話 波紋

 マリウスの話が終わると、場は混沌としはじめた。目の前で起こった予想外の展開に、聴衆は隣同士で騒がしく議論が交わしはじめた。雑然とした場内に小槌を叩く音が響く。音を発したレナードに注目が集まる。


 諸侯がみつめる中、レナードは苦り切った顔で宣告する。


「あまりに突飛な話であり、再調査を要する事案だ。本日はひとまず休廷とし、審理を延期する」


 公開裁判は休廷した。法廷内はいまだ騒然としている。法廷内に残った者たちは今ここで見聞きしたことを熱心に議論し合っている。マリウスがニコロに近づいて耳打ちする。


「反逆罪にかこつけて私や陛下を拘束されるかもしれません。ここはレナードの掌の中です。脱出しましょう」


 マリウスが自分を慕う何人かの貴族に手で合図を送ると、貴族たちが近づいてきた。


「今、この法廷で貴殿らが見聞きしたこと、すぐには飲み込めないかもしれない。だが、信じると信じないとに関わらず、とにかく今はニコロ殿を安全にここから脱出させたい。協力してくれ」


 貴族らはうなずいた。レナードはその様子を歯がみしながら見ていた。まさかこの公衆の面前で横暴なことはできない。彼はマリウスがニコロと何人かの貴族らとともにそそくさと法廷を後にするのを見送るしかなかった。


***


 そろそろ裁判は終わるころだと思い、ディミトリィはニコロに使い走りを頼もうと、廊下に出た。ちょうど向こうからニコロが歩いているのをみつけた。なぜか諸侯がその周囲を歩いている。裁判が終わり、その聴衆たちが一斉に出てきたのだろう。


「ニコロ、ひとっ走り酒屋まで行って葡萄酒を買ってきてくれ」


 硬貨が入った財布をニコロに向かって放り投げる。マリウスが咄嗟にそれを受け止め、厳しい顔でディミトリィを睨む。


「何をするんです?」


 ディミトリィは困惑して聞くが、マリウスは彼に冷たい視線を送り返すだけだ。ニコロの周囲にいた諸侯がぞろぞろとやってきてディミトリィは囲まれる。


「な、何だよ」


 ディミトリィはわけがわからずうろたえた。マリウスがディミトリィに顔を寄せて言った。


「貴方もともに王都を離れるべきでしょうな。申し訳ありませんが、準備をしている時間はありません」


***


 いまだに事態を飲み込めていないディミトリィも巻き込みつつ、ニコロは諸侯に囲まれながら王宮を脱した。


 マリウスの予想どおりレナードの名においてマリウスの拘束命令が出ていた。マリウスは事前に手勢を王都に派兵していた。マリウスの兵に守られながら、王都の門までいく。


 門番ははじめ普通に通そうとするが、早馬がやってきて、マリウスの拘束を宣言する。しかし、手勢に睨まれて手出しができない。結局脅された門番が押し切られ、ニコロとマリウスは脱出に成功する。南側の城門に立つ英雄像が、こちらを睥睨している。


「サキとアーロン殿を残してきてしまった」


 マリウスが首を横に振る。


「今は他人を気にかけている余裕はありません。今はご自身の身の安全を図ってください」


***


 裁判の後、アーロンは牢獄に連れていかれる。アーロンの両脇には牢番がアーロンを挟むようにして腕を掴んでいる。


 その途中でエリクとその家臣の二人が衛兵を不意打ちで襲撃する。襲撃者たちは衛兵二人を手際よく始末する。そしてその体を探り鍵を拾う。


「エリク殿、正気なのですか?」


 エリクはアーロンの手枷を外しながら状況を説明する。


「レナード閣下が命令を出し、近衛騎士団はほとんどが外へ出払っています。今なら王宮の警備が手薄です。脱出しましょう」


「どこから出るのです?」


「あなたは秘密の脱出路をご存知のはず」


 混乱している王宮の中をフードを被ってエリクたちとともに、秘密通路の入り口までやってきた。アーロンは入り口を開けた形跡があることに気付く。


「先客がいるようだ」


 アーロンたちは中に入る。警戒しながら忍び足で進んでいくと道がわからずに往生しているらしき男がいた。ジョゼフだ。


「ジョゼフ殿」


 声をかけると、ジョゼフは飛び上がらんばかりに驚き振り返る。


「あ、あなたは」


「ここで何をされているのです?」


「見てわかるでしょう?あなたと同じです。逃げるところです。私は失態を犯してしまい、陛下に合わせる顔がありません。策士は策に溺れるというのは本当ですね」


 アーロンはエリクから剣を借り、ジョゼフに近づいていった。


「アーロン殿、話し合いましょう。私が間違っておりました。真の王であるニコロ様のところへ共に参りましょう。どうか剣をおろしてください」


 アーロンは大きくため息をついた。そして剣をおろし、ジョゼフに背を向けた。


 その瞬間、ジョゼフが剣を抜いてアーロンに襲いかかかった。しかしそれを読んでいたアーロンは振り向きざまにジョゼフの剣をはじき、取って返した一突きでジョゼフの腹を貫いた。


 ジョゼフは尻もちをつき、恨めしそうにアーロンをみて、そのまま目を見開いたまま息絶えた。アーロンはジョゼフの服で剣についた血を丁寧に拭ってから、剣をエリクに返した。エリクは剣をアーロンから受け取りながら言う。


「私は王宮内に戻ります。まだやることがあるのです。ある者を連れて行かなければなりません」


「誰を連れて行くのです?」


「王宮医です」


「ホランドを?」


「はい」


「なるほど。たしかに彼は真実を知っている。捕まえて証言者にすれば、役に立つでしょう」


「ではどうかご無事で。いずれ合流しましょう」


 ふたりはそこで別れ、エリクは道を引き返した。アーロンは出口へ向かった。

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