第100話 公開裁判

 公開裁判当日となった。諸侯が続々と法廷の傍聴席を埋めていく。執務室から出ようとせず、葡萄酒をゴブレットに注いでいるディミトリィにニコロが聞く。


「ディミトリィ様は傍聴されないのですか?」


 ディミトリィは葡萄酒に口をつけながら「どうせ陛下が勝つことが決まっている。予定調和の裁判に興味がなくてね。傍聴するだけ時間の無駄だ。お前は行きたいなら行ってこい」といって、ニコロを送り出す。


 ニコロが裁判が行われる部屋に入る。傍聴席にはすでに諸侯たちが大勢詰めかけていた。ニコロも空席を探し、最前の席をみつけて座る。


 奥の正面にはレナードが威厳をたたえて座っている。その後ろの高座にはシオンが座っている。部屋の入口やシオンの周囲には武装した近衛騎士が立っている。


 公開裁判がはじまる。アーロンとサキが引き立てられてきて、被告の席に座らされた。大法官であるレナードが裁判の進行役を務める。


「最初の証言者は証言台へ」


 厩舎長が衛兵に促されて証言台に立つ。


「偽りを述べず、真実のみを話すことを神に誓うか?」


「はい。誓います」


「では尋ねる。幼少のころの陛下、ウェンリィ王子をよく知っているか?」


「はい。ウェンリィ様は馬術を好まれましたので、よく馬屋に来られて私とお喋りをなさりました」


 アーロンはわずかながら期待を抱いた。馬屋番の朴訥な人柄なら、神に誓った証言台の上で嘘はつけないのではないか。


「陛下が成人されてからお会いしたとき、ウェンリィ王子とは別人だという印象を持ったか?」


 聴衆の耳がその答えに集中する。


「いいえ。ウェンリィ王子にそっくりで、ウェンリィ王子が戻って来られたかと思いました」


「嘘だ!」


 アーロンは思わず立ち上がって叫んだ。


「被告は発言を許されていない!」


 レナードが制し、アーロンは衛兵に椅子に押し付けられ強制的に着席させられる。レナードが証言台に向き直り尋問を再開する。


「この男、アーロンは、お前が成人した陛下を見たときウェンリィ王子とは別人だとの印象を持ったと言ったと主張している。本当か?」


「いいえ。そのようなことを言った覚えはありません」


 アーロンは唇を噛んだ。厩舎長は決してアーロンに目を合わせようとしない。


(レナードとシオンは完全に証言者に手を回している。脅すか見返りを約束して証言を誘導しているたのだ。ある程度工作をしてくるとは思っていたが、ここまで徹底的にやるとは)


 証言者は続ける。


「あれはシオン様という別の人だと聞いて、自分に言い聞かせて無理やり納得したのです。でものちにやはりウェンリィ様だということが公になって、やっぱりそうだったと、私の最初の印象は間違っていなかったと、そう思いました」


 続いて、王宮医のホランドが証言台に立つ。


「偽りを述べず、真実のみを話すことを神に誓うか?」


「はい。誓います」


「では尋ねる。幼少のころのウェンリィ王子をよく知っているか?」


「はい。侍医としてお体を何度もお調べしました」


「陛下はウェンリィ王子とは別人だと考えるか?」


「いいえ。ウェンリィ王子ご本人です」


「しかし、お前は先王ライオネル様の前で、焼けた子供の遺体をあらため、ウェンリィ様の遺体だと証言した。それは間違いだったことを認めるのか?」


「はい。間違いでした。その子供の遺体は顔も焼け、損傷も酷く見誤ってしまったのです。王太子殿下のお体を見誤るなど王宮医として恥ずべきことですが、それが事実です。そこに座っておられる方こそ、ウェンリィ様ご本人です。間違いありません」


 その後も何人かの証人が証言台に立ったが、同じような光景が繰り返された。一方的に王に有利な証言ばかりが並び、もはや結論は明白に思われた。アーロンも自分たちに有利な証言が出ることを諦め、気持ちは沈み、うつむいてしまった。もう結論はみえている。


 聴衆も興味を失い、退屈してきたようだ。傍聴席にはあくびをする者もいる。レナードも場の雰囲気を察し、さっさと終わらせようとやや早口で議事を進める。


「さて、機は熟したようだ。もう十分だろう。陪審員を務める諸侯に評決を――」


 そこに衛兵が駆け込んできて、レナードに耳打ちする。


「諸君、もうひとりだけ証言を聞くことにしよう。これが最後の証言者だ。間に合わないかと思ったが、今王宮に到着したようだ。調査官に任命されたマリウス殿だ」


 マリウスが部屋に姿をあらわした。彼は部屋をゆっくりと見渡した後、証言台に向かった。証言台に立ち、レナードと向かい合った。


「マリウス殿、貴殿は諸侯会議に推薦され、陛下の承認を受け、王位継承者について調査したのだね?」


「はい」


「調査の結論は出たかね?」


「はい。本裁判までに調査結果をまとめることになり、最後は急ぎ足の調査になりましたが、調査を完了し、結論に達することができました」


「結論に確信は持っているかね?」


「はい。真実にたどり着いたと確信しております」


 レナードはうなずいた。


「では調査結果を報告したまえ」

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