第98話 聖王祭

 “谷”の者たちが王宮の一室に集まっていた。寝台の上にはかしらが横になっている。ひと月前から老衰が激しくなり、誰の目にも死期が近いことがわかった。“谷”の者たちにとっては、ひとつの時代の終わりがやってこようとしていた。


「次の頭目はフレドとせよ。密偵頭もフレドが継ぐことを陛下も了承済みだ」


 最後の力を振り絞ってそう告げると、かしらは瞼を閉じ、そのまま息を引き取った。


「遺体は“谷”へ運び、その地に埋めよ。“谷”の土に帰すのだ」


 フレドが命じると、“谷”の者らが粛々と遺体の輸送の準備をはじめる。“谷”ではその首領を神格化したりしない。他の“谷”の者と同じく、故郷の土に帰すだけだ。


***


 フレドが謁見の間にやってきた。


「ご老体が亡くなったそうだな。お悔み申し上げる」


 関心がなさそうにシオンが告げる。


「次の密偵頭にそなたを任命する。そなたらにはこれまでと変わらず働いてほしい」


「はっ」


 フレドが密偵頭を継ぐことになり、シオンから任命を受ける。


「早速だが最初の任務だ。あの女が陛下のお命を狙って王都に潜伏している可能性が高い。引き続き警戒し、みつけ出して殺せ」


「はっ。実はそのことでお話がございます。あの女に身になって考えてみると、陛下のお命を狙ってことに及ぶ機会はおのずと限られているのではないかと。警護の厳重な王宮に潜入することなどは考えられません。だとすれば――」


「だとすれば?」


「聖王祭です。陛下が大衆の前に身をさらす数少ない機会です。女にとっては千載一遇の機会。狙うとすればここでしょう」


 聖王祭は王都で年に一度行われる祭りだ。アルヴィオンには代々の王が不毛の地の広がりをくい止めているという伝説があり、王への感謝を示す祭りである。この祭りでは国王が市民の前に姿をみせる習わしになっており、暗殺者にとっては王が警備の厳重な王宮の外に出る数少ない機会である。


 レナードが話を引き取る。


「陛下、私も同意見です。今年の聖王祭で陛下が民衆の前に出ることは中止にしましょうか?」」


「いや、この機会にむしろあの女を誘き出しては? 早くけりをつけてしまいたい」


「裏をかいて誘い出せば、捕らえられるということですか」


「はい」


 シオンは自信深げにうなずいた。


***


 聖王祭の日がやってきた。フレドは“谷”の者らに命じる。


「この聖王祭でサキが陛下を襲撃する可能性が高い。何としても見つけ出し、捕らえるのだ。抵抗するならば殺せ」


 近衛騎士団と“谷”の者たちが駆り出され、サキの捜索にあたった。人相書きが頒布され、捜索にあたる者はすれ違う若い女の顔をじろじろ睨んで手元の人相書きと見比べる光景が街のあちこちでみられた。


***


 聖王祭がはじまる。シオンが馬車に乗って王宮から街に出てくる。


 パレード中、レナードがシオンに近づいてきて話しかける。


「陛下、周囲に罠を張り巡らしております」


 シオンの周囲には“谷”と近衛騎士団から選りすぐった精鋭を配置している。その者たちが周囲に目を光らせている。シオン自身も甲冑を着用したいで立ちで、乗っている車も周囲を盾で防御しており、弓やクロスボウによる襲撃にも備えている。そして数多の近衛騎士団と“谷”の者たちがサキを捜索しているところだ。


 “谷”の者は街の中に顔を布で覆った巡礼者風の女を見かける。女は路地から路地に移り歩く。“谷”の者は一度見失いかけるが、もう一度女の姿を発見した。あのまま行けば王のところへいく。“谷”の者は強硬手段に出ることにした。女を後ろから押し倒し、顔を覆う布を剥ぎ取った。


「違う。お前は」


 その女の顔はサキとは全く別人であった。


 その頃、王宮で催される晩餐会に向けて商人たちが大陸各地から珍味や美酒を王宮に運び入れていた。サキは敵の裏をかいてパレードの際に王宮に忍び込んだのだ。近衛騎士団が外に駆り出されているため、警備は通常時よりはるかに薄い。そのため潜入は簡単ではないものの可能になった。


 王宮へ入るのは五年ぶりとはいえ、王宮の構造、家具の配置、死角となる場所までありありと記憶していた。近衛騎士の恰好をして秘密通路から王宮内に侵入し、留守中のニコロの部屋で隠れて時を待った。しかしその部屋に入るところを密偵の一人が見ていた。

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