第97話 突然の来訪者

 エリクが居城の執務室で手紙を読みかえしていた。アーロンの檄文だ。アーロンは王都で捕まったという。


 アーロンの話は突飛すぎて信じがたい。その話が出鱈目であればサキは我が君主シオンの敵であり、それはすなわち我が家の敵ではないか。自分は今や家の長であり、責任がある。個人的な感情を抜いて考えなければならない。


 小間使いがやってきて「領主様の知り合いだと申す女が来ております」と告げる。


「みすぼらしい恰好をした女ですが、追い返しますか?」


 心当たりがないエリクは首をひねりながらも「いや、とりあえず会ってみよう」と、客を待たせている部屋に行き、客の姿をみる。


 エリクは客の姿をみて驚き、固まってしまった。その客とはサキだった。エリクはしばし呆然とした後、ようやく気を取り直して部屋に入り、人払いをした。部屋にサキとふたりになり、声を落として話をはじめる。


「わかっているのか? 君は今、この国で一番のお尋ね者だぞ」


「そうだろうな」


 サキのあっけらかんとした答えにエリクがあきれながら首を振る。


「俺も君をみつけたら、ただちに捕縛して陛下に突き出さなければならない立場なんだぞ」


「そうしたくなったら、いつでもそうすればいい」


 エリクがため息をついた。


「こんな危険を冒してまで、何をしにきた?」


「情報が欲しい。アーロン殿が捕まったという噂があるが、本当か?」


「ああ。確かだ」


「やはり本当だったか。あの人を巻き込みたくなかったのに」


「アーロン殿は、ウェンリィ様は偽物で、君がサルアン様の娘で君こそが正統な王位継承者だといってる。諸侯に檄文を送っていて、俺も受け取った。本当なのか?」


 エリクがサキの目を見て聞く。


「信じるのか?」


 少しの沈黙のあと、エリクは口を開いた。


「正直言って、半信半疑だ。あまりに突拍子の無い話だ。しかし、あのアーロン殿が嘘をつくとも思えない。わからない」


「なぜ俺のところにきた? 君の決起に力を貸せと頼みにきたのか? 今私はこの家の主だ。この家とこの家に仕える者たちを守る責任がある。軽々しい行動はできないぞ」


「心配するな。そんなことを頼みにきたんじゃない。王位などいらない。情報がほしいだけだ」


「私が捕まったらどうなる? すぐに殺されるか?」


 エリクは首を横に振る。


「いいや、すぐに殺したら君が王位継承者という噂が燻ぶったままだ。君を捕縛したら公開裁判にかける計画があるそうだ。公開裁判で諸侯の目の前で君の王位継承権を明確に否定してから処刑するだろう」


「諸侯から要望があって、マリウス殿が調査官に任命され、誰が正当な王位継承者か調査をはじめた」


「マリウスが」


 サキの反応にエリクが聞く。


「何か思うところが?」


 サキは苦笑する。


「私に有利な調査結果が出ることは見込めないな。彼は個人的に私を嫌っているからな」


「マリウス殿との間に何かあったのか?」


「ちょっとな」


 エリクは鼻をかきながら言う。


「君が女王で俺の君主なら、こんな口の聞き方も不遜なんだろうが。サキ、個人的には君に協力してやりたいんだ。だけど、俺はいまや領主で、大勢の騎士たちを抱えている。彼らの命を安易に危険にさらすことはできない」


「そうだな。お前は自分の身と臣下たちのことを第一に考えろ。これは私の戦いだ」


***


マリウスは護衛二人を連れて調査を進めていた。


 彼らの後をつける人影がある。


 人気のないところへ入った瞬間、人影が護衛の背中を棒で打つ。護衛は倒れる。マリウスともう一人の護衛は剣を抜く。人影が棒で護衛の腹を突き倒す。マリウスが剣を振りかぶるが、棒がマリウスの手を打ち、マリウスは剣を取り落とす。


「二人とも気絶しているだけです」


 人影がフードを脱ぐと、紛れもなくサキだった。剣を拾おうとするマリウスに、サキも素早く剣を抜きマリウスの眼前に突きつける。マリウスはゆっくりと顔をあげ、サキを憎悪に満ちた目で睨みつける。


「どうした。殺さないのか? 私が王位継承について調査をしていることを知っているんだろう」


 サキは答えない。


「どうするつもりだ? 私を脅して、お前の王位継承権を認めた調査結果を議会に報告させるつもりか?」


 サキは答えない。


「残念ながらそれは無理な相談だ。私は脅しなどに屈しない。必ず真実を暴き報告すると神に誓ったのだ」


 サキが口を開いた。


「王に見返りを約束されたのだろう? 王に有利な結果を報告すれば何か与えられる約束なのだろう?」


 サキが問いただすと、マリウスは鼻で笑った。


「そんな約束など無い。陛下からは公正に調査せよとの命令を受けた。私もそのつもりだ。これは神に誓ったことだ」


「信心深いのだな」


「このようなことをして、お前に有利にはたらくとでも? 言っておこう。公正に調査したが、これまでお前に有利な証拠は一切出てきていない。さあ、私を殺すか?」


 サキは探るような目でマリウスの目をのぞいていたが、やがて何かに納得したようで剣を鞘におさめる。


「公正に調査しているならそれで結構。あんたは自分の仕事を果たせ」


 そう言い残してサキは踵を返し、去っていった。意外な展開に、マリウスはただサキの背中を見送るほかなかった。


***


 襲われたマリウスは、その報告を聞いたシオンから呼び出された。


「あの女に襲われたそうだな。とんだ災難であった。しかし今後も身に危険があるかもしれない。調査官を続けられるか?」


「はい。調査にまったく支障はありません。これでくじけてしまってはあの女の思うつぼ。世の人々も私を臆病者の腰抜けと笑うでしょう。そのような不名誉を受けるくらいなら死んだほうがましです。どうか調査を続けさせてください。護衛を増やします」


「うむ」


 マリウスが辞した後、レナードと密談する。


「あの女もあせっているようです。マリウスを脅して自分に有利な調査結果を報告させようとしたのでしょう。結果としてはマリウスのあの女への憎しみが強まっただけで裏目になりました。我々としては幸いなことです」


「問題は、この失敗を受けてあの女が次に何を仕掛けてくるかです。女にとっては八方塞がりの状況で、いよいよ一か八かの賭けに出てくることが考えられます」


「つまり、直接私の命を狙いにくるということでしょうか?」


 レナードがうなずいた。

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