第96話 調査官

 有力諸侯たちがシオンに謁見する。シオンは玉座に腰かけ、その傍らにはレナードも座っている。諸侯を代表するオルセイがシオンに進言する。


「今回のアーロン殿の件で、けしからない噂が諸侯の間に広まりました」


「けしからない噂?」


「はい。陛下はウェンリィ王子とは別人で、あの女がサルアン王の娘であり正当な王位継承者であるという噂です。もちろん、ほとんどの諸侯はこのような出鱈目でたらめな噂に耳を貸さないでしょうが、このたぐいの噂の厄介なところは、人の心の片隅に執拗に残り続けるものです」


 オルセイが眉根を寄せて熱弁をふるう。


「今回の件、厄介なのはアーロン殿の口から出た話だということです。アーロン殿は諸侯のあいだでも嘘などつかない誠実な人柄で通っていた人物です。嘘や謀略とは無縁の方です。陛下に対しても幼少のころより忠誠を尽くし、また、陛下によって名誉を回復されており、陛下に対して逆心を抱く理由もありません。他の者が言っているのならこうまでは申しません。あのアーロン殿が主張していることだからこそ、今回の疑念は一笑に付して片付けることもできないのです」


「くだらない噂だ。アーロンが、あの反逆者が妄想に囚われてしまったのだ」


 レナードが不快そうな表情で言う。


「忠義者であっても世迷い事に毒され、真実を見る目が濁ることはある。いや、あの男は忠義者というより頑固者なのだ。だから頑なになり、一度囚われた妄想を振り払うことができないのだ」


「おそらくそうでしょう。私もそう思っております」


 レナードの言に同意しつつも、オルセイの熱弁にさらに熱が入る。


「しかし、この疑念は陛下に逆心を抱く者に、反乱の口実として利用される恐れがあります。これを放置すれば我が国が不安定な状態に陥りかねません。将来に禍根かこんを残さないためにも、このような疑念はぬぐい去ってしまうべきではないでしょうか」


「それは……そうだが」


 シオンは何か言葉を継ごうとしたが、その隙を与えずにオルセイが畳み掛ける。


「そこで、です。諸侯に影響力があり、公正だと評判の人物を調査官に任命し、正当な王位継承者は誰かを調査させ、その調査結果を諸侯に公表されてはいかがでしょう。その人物は陛下とはある程度距離を保った人物でなければなりません。陛下に近しい人物では調査の公平性に疑問が生じてしまいますから。調査官は諸侯会議が推薦いたします」


 レナードが話を打ち切る。


「そなたらの言い分は分かった。検討しておく。ジョゼフは今回の反逆者捕縛の件で陛下からお言葉がある。残れ」


 オルセイら有力諸侯は一礼して退室した。シオンとレナード、そしてジョゼフだけが残った。


 ジョゼフがシオンの前に進み出る。ジョゼフの挨拶の後、さっそくシオンが労いの言葉を掛ける。


「反乱を企てる者たちを捕縛し、反乱を未然に防いだな。今回のそなたの働き、見事であった。王室と臣民を代表し、感謝する」


「身に余るお言葉です」


 すかさずジョゼフが付け加える。


「ときに陛下、ご提案があります」


 シオンが無言のまま続けるように促す。


「先ほどのオルセイ様の提案、もっともです」


 シオンとレナードは渋い顔をする。お前もその話に賛同するのかと言いたげだ。


「しかし」


 シオンが言いかけたところ、シオンの口から言いにくいことを、ジョゼフが先回りして継ぐ。


「しかし、万一、その調査官があのサキという女が正当な王位継承者である、という調査結果を出せば、陛下にとって不利になります」


 ジョゼフが不適に口元を歪めて微笑む。


「私には、そのような結果を絶対に出さない人物に心当たりがあります。諸侯に影響力があり、少し社交性には欠けるものの厳格で公正だと評判です。諸侯からは、陛下と親しい人物とは見做されておりません。したがってその調査結果は中立公正で信ぴょう性があると考えられるでしょう」


 ジョゼフはシオンとレナードの表情から、彼らが興味を持っていることを読み取った。手ごたえありだ。


「それでいて、その人物はあの女に個人的な恨みを持ち、あの女に有利な結果を絶対に出しません。あるおおやけにされていない理由からあの女を憎んでいるのです」


「その人物とは?」


 シオンの問いにジョゼフはある人物の名を挙げた。そしてその人物がなぜサキを個人的に恨んでいるかを説明した。


「諸侯会議には私も参加します。その席でさりげなくその人物を推薦し、その人物が選ばれるよう誘導することができます」


 ジョゼフの提案に、シオンはレナードと相談し、ジョゼフのほうに向きなおり言った。


「面白い。その線で進めよ」


「はっ。次の諸侯会議で提案します」


 ジョゼフはついに自分の手のひらの中に好機が転がり込んできたと感じていた。自分で手繰り寄せた好機だ。この好機を生かし、飛躍してみせる。これをうまくやれば大きな手柄になる。出世は約束されたも同然だ。我が先祖が誰も成し遂げられなかった高みまで昇るのだ。


***


 諸侯会議が開催される。オルセイが議事を進める。


「というわけで、陛下に推薦する調査官を決めたい」


 ジョゼフは様子を見る。こうしたことはタイミングが肝心だ。タイミングを見極めて投じる。


「……殿は」


「いや、あの方も陛下から領地を賜ったばかりだ。公正さが担保できない」


「……殿は」


「ご高齢で、難しいのでは?」


 様々な候補の名前が挙がり、何らかの理由で否定される。また同じ名前が蒸し返され、否定される。ジョゼフは発言を最低限に絞った。皆に自分があの人物をごり押ししたような印象を持たれては困る。


 諸侯には自分の頭で考えだした気になってもらうのが最善だ。名前が挙がった候補を否定する理由に、さりげなくあの男の人物像とは反対のことを言って伏線を張り、一同の頭に残るようにする。


 繰り返される議論の中で、そのうち誰が何を言ったかわからなくなってきた。議論を尽くした気分になってきただろう。疲労もあり、皆、結論を求めはじめている。そろそろ頃合いだ。ジョゼフがよく通る声で発言する。


「マリウス殿はどうでしょう?」


 マリウスがジョゼフをみる。諸侯の視線がマリウスに集まった。


「マリウス殿か」


「厳格で公正な方だ」


「うむ。マリウス殿なら信用できる」


 流れが来た。ジョゼフは手ごたえを感じていた。あとは本人の意向だ。マリウスに水を向ける。


「マリウス殿、いかがでしょうか。ここは人肌ぬいでくださらないでしょうか?」


 マリウスが答える。


「……皆さまがお望みとあらば、やぶさかではありません。神に誓って誠実に調査することをお約束いたしましょう」


 オルセイが大きくうなずき、まとめに入る。


「ご列席の諸侯、いかがであろうか。私もマリウス殿が適任だと思う。反対の方はいらっしゃるだろうか」


 誰からも反対はなかった。


「では満場一致で決定だ。諸侯会議はマリウス殿を陛下に推薦しよう」


 マリウスの推薦が決まった。ジョゼフの口元に満足そうな笑みが浮かんだ。これ以上ないほど思い通りに事が運んだ。諸侯会議にはエリクも参加していたが、これといって推薦すべき人物に思い当たりがあるわけでもなく、弁舌にも自信のがないため議論の行方を見守るばかりで発言はしなかった。


***


 諸侯に引き入れられ、マリウスが謁見の間に入ってきた。


「諸侯会議の結論として、調査官にマリウス殿を推薦いたします」


 レナードが聞く。


「委細は承知しているな?」


「はい」


 マリウスが返事をする。レナードが命ずる。


「では貴殿を調査官に任命する。調査項目は主に二つ。一つ目は、陛下がウェンリィ王子本人であるか否かという調査。二つ目は、このサキという女の出自についての調査。公正な観点で調査し、誰が正当な王位継承者か、結果をまとめて報告せよ」


「はい。承りました」


 レナードは微笑をたたえたジョゼフと目が合った。彼は他の者に見とがめられないように小さくうなずいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る