第95話 決起集会

 決起集会の日になった。秘密の集会場にアーロンらが先に着いた。アーロンの説得で賛同してくれた諸侯は少しだけ増えていた。


 この数日アーロンはあちこちを駆けずり回り、王やレナードに不満を持ち、かつ、信頼できそうな諸侯を説き伏せまくった。これで総兵力は五百ほどにはなり、まだまだ心もとないもののジョゼフに対してなんとか面目は立つ。


 ジョゼフがやってくる。


「皆様お集まりでしょうか」


「はい。このとおり、女王陛下の擁立に賛同してくださった諸侯が集まりましたが。残念ながらサキ様ご本人をお連れすることはできませんでしたが」


「それは残念です。……だが、まあいいでしょう」


 ジョゼフが指を鳴らす。すると武装した兵が大勢なだれ込んできた。アーロンを含め諸侯たちは取り囲まれ、剣を突き付けられた。


「何事だ!」


 ジョゼフがゆっくりと兵たちを指揮する隊長の横へ行き、アーロンのほうへ向き直った。


「国王陛下への反逆を企てた罪であなた方を捕縛します」


「貴様裏切ったか!」


アーロンが激怒する。ジョゼフは笑みを浮かべる。


「裏切った? 私ははじめからずっと陛下に忠実でした。あなたが私にはじめて調査結果を披露してくださったあの時以前から」


「貴様、まさか」


「ええお察しのとおりです。私が陛下にすべてをお伝えしておりました。実を言えば、あなたのご友人のタロス殿が最初に調査の結果をお知らせになったのも他ならない私でした。私はそれを陛下にご報告したのです。それで陛下は刺客を放ち、ご友人を亡き者にされた」


 ジョゼフはふふっと笑った。


「あなたが修道院へ向かったのを陛下に報告したのも私です。あなたはマリウス殿の仕業だとお考えになったかもしれませんが。オミールのことも私が陛下に報告しました。その数日後に彼は始末されました」


 すべてこの男がシオンに漏らしていたのだ。アーロンの動きを逐一報告し、アーロンが接触した者もすべて知らせていたのだ。


 ジョゼフはアーロンから話を聞いたとき、これをシオンに知らせるか、それともアーロンの話に乗って女王を擁立するか、どちらが自分にとって得か天秤にかけた。


 ジョゼフにとっては本当の王が誰かなどどうでもよかったのだ。自分にとって最も大きな利益が期待されるほうを選ぶのみだ。結論は明らかだった。シオンにこの反逆を知らせて手柄とするのが最も手堅く利益を得る選択肢だった。女王を擁立するなど冒険が過ぎる。そのような馬鹿げた賭けには乗れない。


 ジョゼフはアーロンはじめ反逆者たちが連行されていくのを見ながら考えた。反逆者の貴族は5人だけだ。釣れた魚は期待していたよりウェンリィかに少ない。しかも小貴族の雑魚ばかりだ。


 あわよくばあの女本人をアーロンに連れてこさせて捕らえたかったが、それもできなかった。今回の件は手柄には違いないが、大きな手柄ではない。シオンの信任を得てのし上がるにはもう一押しの手柄が要る。


***


 レナードがアーロンたちが囚われている王宮の地下牢へ来る。アーロンの独房の隣にはアーロンが誘った貴族のひとりが収監されている。レナードはその貴族の独房前で足を止めた。


「おのれの過ちを認める気になったか」


「閣下。私が間違っておりました」


 この男も落ちたか。アーロンは落胆した。


「では、あのサキなる女が王位継承者だなどという妄言を撤回するのだな?」


「はい。私の目が曇っていたのです。惑わされてしまいました。撤回いたします。正当な王位継承者はウェンリィ陛下をおいてほかにありません。改めて陛下に忠誠をお誓いいたします」


「うむ。そなたは騙されていただけだ」


「卿を釈放しろ」


「はっ」


 控えていた牢番によって牢の扉が開かれ、貴族が外に出る。彼はアーロンを一瞥して少し申し訳なさそうな顔をしたが、すぐに向きを変えて牢番について去っていった。


 その貴族が行ってしまうと、レナードはアーロンの独房の前に歩を進めた。


「これで、お前が集めた諸侯は皆撤回したぞ。ここに至っては、お前ひとりだけの妄言となった。どうだ? お前も撤回しないか」


 レナードが諸侯に示した取引条件は単純で、サキが王位継承者だという主張を撤回すれば、領地をいくらか削られるだけで済む。王への反逆はもちろん大罪で、撤回しなければ死が待つのみだ。結局、諸侯は全員取引に応じた。だがアーロンは表情を変えずに答えた。


「真実を撤回することなど出来ません」


「陛下は慈悲深い。撤回した者は皆軽い罪で済んでいる。王への反逆は大罪だ。しかもそなたは首謀者だ。普通であれば撤回したとしても死罪は免れない。しかし、陛下はそなたのこれまでの貢献を考慮し、撤回さえすれば、見棄てられた地への追放で済ませるとおっしゃっている。命は助かる」


 アーロンは鼻で笑う。


「たとえ無罪だろうが、近衛騎士団長にしてやると言われようが、真実を撤回することはありません」


 レナードは冷徹な目をアーロンを見下し「残念だ」とだけ言って去っていった。

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