第92話 女王の裁き
サキは続ける。
「侍医とも相談し、ムスタクが受け取った毒薬を詳しく調べてもらいました」
侍医が調べたところ、それはマンディコの根から作った速効性の毒だった。それを聞いたとき、ムスタクは愕然とした。
――即効性の毒? そ、そんな。効果が出るのは半日後じゃないのか。
――首謀者ははじめからあんたを助ける気はなかったんだ。あんたは毒を盛った下手人として捕まる、というのが首謀者の筋書きだ。
サキは首謀者の筋書きを推理した。捕らえられたムスタクは子供の死を知らされ、ムスタクはその裏切りに怒って首謀者はオゾマだと暴露するだろう。そうやって罪をオゾマになすりつけるのが真の首謀者の狙いだ。
「ここはその筋書きに乗ってやろうということで、侍医には国母様が死亡したとの嘘の発表をしてもらいました。そしてムスタクには捕われて、芝居を続けてもらいました」
「それで、その芝居の結果、陰謀の真の首謀者は馬脚をあらわしたのか?」
「はい。そう考えます」
「そなたは誰が首謀者だと考えておる?」
「ジェイエン殿です」
皆が一斉にジェイエンのほうをみる。ジェイエンは肩をわなわなと震わせている。
「なぜそう考える?」
「国母様に摂政就任を否定されました。動機は十分です。国母様の居所を知っています。私が国母様に彼が怪しいと申し上げましたが、国母様は信じることができないご様子でした。無理もありません。ジェイエン殿は国母様に長年仕えてきた側近ですから。そこで死んだふりをして確かめてみることを提案したのです。国母様が亡くなったと考えたジェイエンが、国母様の意志に反することをするか見てみましょうと」
「でたらめだ! すべて推測です。私が暗殺を計画したという証拠はなにもありません!」
ジェイエンの顔は怒りで赤くなっている。
「ああ。暗殺未遂をお前が首謀したという確かな証拠はない。だから暗殺未遂の罪でお前を裁くことはしない」
アウラの言葉に「そうでしょうとも」とジェイエンが安堵して座り直す。
「しかし、証拠といえば、この摂政解任書と摂政就任書はどうだ?」
ジェイエンがぎくりとする。アウラがノイエダに聞く。
「国母よ、摂政解任書と摂政就任書はそなたの意思で作成したものか?」
「いいえ。これは偽造されたものです。このような書類の作成を指示したことはありません。それどころかこの内容は、私の意思とは正反対です。私はオゾマ殿をそのまま摂政に留任させるつもりでした」
アウラがジェイエンのほうへ向き直る。
「王族の命令書を偽造するのは大罪だぞ、ジェイエン。暗殺未遂で裁けなくとも王族命令偽造の罪で裁ける」
「あんたを裁ける確かな証拠を得ることも、芝居をうった目的のひとつだよ」
サキが付けくわえた。国母が怒りをこめてジェイエンをみる。
「今でも信じ難いことだ。ずっと私をそばで支えてくれたお前が、私を裏切り、よもや殺そうとするとは」
「この罪は日を改めて裁こう。連れていけ」
アウラが命じジェイエンが連行されていく。ジェイエンが退場した後、国母がアウラに聞く。
「陛下、これで私の暗殺未遂の件は落着しました。今後のオゾマ殿との関係も考えなければなりません。オゾマ殿との婚約は断わられるのでしょう?」
「いいえ、母上。婚約を受け入れます。成人後にオゾマ殿と結婚します」
一同は耳を疑った。
「今回の裁判でよくわかりました。オゾマ殿の一族と王家が対立すると、この国を二分する大きな内乱に発展しかねない。オゾマ殿と王家の紐帯は国を一つにまとめるために不可欠です」
アウラが国母を見る。
「母上、あなたは私の自由や幸せを願って、親心からオゾマ殿との婚約に反対してくださったのでしょう。ですが私はこの国の守護者です。国を守るために必要な結婚であればそれは私の務めです。オゾマ殿と婚約します。これはほかならぬ私の意思です」
国母は力なく肩を落とし答える。
「陛下のご意思のままに」
サキはクワトロの脱力した顔を見た。
***
丘の上でクワトロが座って夕焼けを眺めている。肩をたたかれ振り返るとサキだった。
「王家の人間は、同じ王家の人間か大貴族と結婚するものと決まっている。はじめからお前に縁が無かったのだ」
「好きでもないあんなおっさんと結婚しなきゃいけないなんてひどいよ。あの子は結局、ずっと塔に閉じ込められているのと同じだ。なんの自由もない」
サキはクワトロの隣に座って肩を抱いてやった。明日はなにかうまいものでも食べさせてやろう。
遠くに通りすがりの騎士が馬に乗って近づいてくるのがみえた。後ろには女性を乗せている。サキは何気なしくにそれを眺める。
ふと気づく。あの人を知っている。アーロンだ。自分は逃亡の身だ。知り合いにみつかるのはまずい。慌てて顔を伏せる。
しかしアーロンは通りすがりなどではなかった。こちらを認識しており、まっすぐこちらに向かってくる。
サキは反射的に剣を抜き、クワトロに逃げるように指示する。サキの記憶の中ではアーロンはシオンの忠実な部下だ。サキを殺すか捕らえるために来たと考えて当然だった。
「やめて」
アーロンの馬の後ろに乗った女の声だ。驚いた。これも聞き覚えがある。女が馬を降りる。あれは間違いない。セフィーゼだ。
「な、なぜ?」
アーロンも馬を降りてサキに近づいてくる。サキは警戒して身構える。そして警告した。
「近づかないで!あなたは恩人。傷つけたくないわ」
アーロンは立ち止まったが、いきなりひざまずいた。
「お迎えにあがりました、女王陛下」
サキは呆然としてその声を聞いていた。
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