終章 キングメーカー

第93話 君主

 剣の抜いて構えているサキとひざまずいているアーロンの間にセフィーゼが割って入った。


「聞いて。サキ。この人はあなたを捕らえに来たわけでも、傷つけに来たわけでもないわ」


 セフィーゼがサキをなだめる。


「子供を奪い返しに来たのでしょう。そうはさせない」


「それも違うわ」


 サキはセフィーゼをちらと見た。セフィーゼが自分を騙すとは思えない。


「剣をおさめて。とにかく話を聞いて」


 サキはセフィーゼとアーロンの顔を見比べどうするべきか思案していたが、やがてセフィーゼに従い剣をおさめた。


「場所を変えましょう。食事も必要ね」


 サキはアーロンとセフィーゼを、世話になっているセフィーゼの乳母の宿に連れてきた。セフィーゼは乳母やヴァンとの再会を喜びあったが、サキが放つ緊張感のために和やかさはすぐに消え去った。


 宿の食堂で料理を囲む。アーロンとサキは向かいの席に座った。サキは依然として警戒を解いていない。乳母は困惑していた。サキには友人が来たのでもてなしてほしいと言われたのに、和やかさとは無縁の緊迫した雰囲気だ。乳母はセフィーゼに聞く。


「あの方はサキさんのご友人だということですが、何ですかあの緊張感は」


 たしかに楽しい食事の席とは言い難い雰囲気だ。セフィーゼはため息をついた。


「少し誤解があるのよ。これからの話し合いでそれが解けるとよいけど。申し訳ないけれど、少し機密の話で、席を外していただけないかしら」


「それは構いませんが」


 乳母は子供と外へ行き、サキ、アーロン、セフィーゼが残った。


 三人になるとアーロンが口火を切った。


「説明させてください」


 アーロンは自分が調べたことを順序立てて話した。タロスが殺されたこと。タロスが調べていたことを探るため、厩舎長と話したこと。ウェンリィが偽者だということ。ロデリックと会って話したこと。オミールと話したこと。そしてサルアンに愛人と娘がいたということ。


「そして、その女性こそ、貴女の母親エマです。貴女こそがアルヴィオンの王位を継ぐべきお方です」


 サキは黙って聞いていた。話が終わってようやくサキが口を開いた。


「突飛でにわかには信じがたい話だ」


「真実だと確信しております」


「仮に、仮にその話が本当だったとして、私に何を望みますか?」


「今、玉座には偽りの王が座っています。許されることではありません。貴女には諸侯を糾合して偽りの王を玉座からひきずり下ろし、そこに女王陛下として座っていただきたいのです。サルアン様にご子息を守ると誓った私の願いです」


「無理です。私に国を統治しろと? 政治には何の興味もありません。それにそもそも私は女です」


 サキは笑いながら反論するが、アーロンは真面目そのものだ。


「女性がアルヴィオンを統治した例は過去にあります。歴史上、2人の女王がいました。このタナティアの現君主も女性ではないですか。それも幼い少女だとか」


「この国の女王のことはよく知っています。だからこそ、あんな風にはなれないこともよく分かるんです。もうこの話は終わりにしましょう。少し休みます」


 サキは話を打ち切って寝室に向かう。


「よくお考えになってください」


 サキの背中に向かってアーロンがいった。


***


 部屋でひとりになり、サキは母エマの言葉を思い出していた。父がいないことを同じ村の子供にからかわれたときの言葉だ。


――あなたの父はとても立派で高貴な方よ。誇りを持ちなさい。


 アーロンの話は突拍子もなく、にわかには信じ難い。しかし、サキの記憶と辻褄があっていた。幼いころ、母が王宮からやってきた人に生活の状況やら、困ったことはないかと聞かれているのを何度か見たことがある。手紙を渡されていることもあった。内容は聞き取れなかったが、王宮から人は字が読めない母のためにそれを読み上げていた。母がその手紙を大事そうに仕舞っていたことも知っている。


 そうしたことの意味が、アーロンの話とつながる。


 母からは父は騎士で、若くして戦で亡くなったと聞かされていた。あれは嘘だったのか。母はいつか真実を話そうとしていたのだろうか。


 アーロンの話が真実だとすれば、ライオネルが謀反を起こしたあの夜、母は愛する男を失ったのだ。そしてそれを悲しむ間もなく、サキを守ろうとしたのだ。どんな思いで死んでいったのか。


 そして……シオン。


(ずっと私をだまし続け、利用して王になり、ティアナを苦しめたのか。ジェンゴやエミリアをこの手で殺めることになったのも、お前の野望のせいだったのか)


 すべてはシオンを王にするための踏み台に過ぎなかったというのか。生き延びるために抑圧し続けていた怒りの感情が沸々と湧いてきた。


 しかし、自分に何ができるというのだろう。アーロンがいうように、王位を請求するために蜂起し、諸侯を糾合して反乱軍を指揮する?反乱が成功したとして、その後は女王として国を統治する?サキは自分がそんなことをしている姿を想像することはできなかった。


***


 翌朝、アーロンは目を覚ます。見知らぬ部屋の中だ。昨晩、アーロンが馬小屋でいいと言ったにもかかわらず、乳母が空いた客室を用意してくれたことを思い出す。


 旅の疲れもあったし、久しぶりにベッドで寝たので少し寝すぎたようだ。もう日が高く昇っている。


 アーロンは朝の支度を終えると、昨日の話の続きをしようと階下へ行き、サキを探す。サキの姿はみあたらなかった。アーロンは食堂にセフィーゼがひとりでいるのをみかけた。アーロンがセフィーゼに聞く。


「サキ様は?」


「サキは出ていきました。子供たちを私に託して」


 アーロンは驚いてセフィーゼを見る。


「どこへ向かったのです?」


「わかりません。聞いても首を振るだけで教えてくれませんでした」


 アーロンは愕然とした。ようやく女王の居場所を突き止めて、そのそばにつくことができたのに。ようやく自分の誓いを守ることができたというのに。


「止めなかったのですか?」


 セフィーゼはゆっくりと首を横に振った。


「止めても無駄です。彼女は言い出したら聞かないことは私がよく知っています」


 アーロンは考える。サキは子供たちを頼むと商人とセフィーゼに伝え、行き先も告げずに去っていった。どこへ何をしに?おそらく単身で復讐に向かったのだ。王都へ行き、偽の王シオンを暗殺する気だ。しかしあまりに無謀過ぎる。アーロンは

「自分もサキ様の後を追わねばなりません」といって出立の準備をする。


 外へ出て馬の背中に荷物を載せはじめる。セフィーゼが引き止めようとする。


「どうしても行くのですか? サキはあなたにここに留まるように伝えてほしいと私に言い残していきました。彼女に女王の座につく気はありません。彼女はあなたに危険な目にあってほしくないのです。いま、あなたはシオンから追われる身でしょう。王都へ向かうということは、敵の本拠地へ乗り込むということです。それに私としてもあなたを危険な目にあわせたくないのです」


 アーロンは一瞬動きをとめる。


「サルアン様に子女を守ると誓ったのです」


 アーロンはセフィーゼの視線を背中に感じていた。


「申し訳ありません」


「私は生まれてはじめて抱く気持ちに戸惑っています。これは嫉妬です。生まれてはじめて抱いた女々しい気持ちです」


 思わぬ言葉に驚いてアーロンはセフィーゼをみる。セフィーゼはまっすぐとアーロンを見つめていた。女の眼差しにアーロンはたじろいだ。セフィーゼが続ける。


「あなたのサキへ向ける感情は、騎士が君主へ向ける忠誠心でしょう。決して男が女に向ける感情ではないと思っています。ですがそれが頭ではわかってはいても、自分の気持ちがどうにもならないのです。サキに嫉妬してしまいます」


 アーロンは困った顔をしていたが、やがて咳払いをして馬に跨る。アーロンはうつむきながら最後の言葉を絞り出した。


「私とて貴女のそばにいたいのです。ですが、申し訳ありません。それでも私は行かねば」


 アーロンは馬の頭を王都の方角へ向け、進ませる。そして二度と振り返らずに去っていった。

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