第85話 塔
「さて、楽しませてもらおうか」
城の一室で城兵の隊長が椅子に縛りつけられたサキに手を出そうとすると、サキは突然立ち上がった。
縄は隠し持った刃で切断していたのだ。手には机の上に置きっぱなしにされていた小手が握られていた。隊長は呆気にとられていたが、剣を取りに動こうとした瞬間、サキに小手で殴られ気を失った。サキは蠟燭を手に取り窓の近くに立つ。
サキが蠟燭の光を手で隠しては再び晒しを繰り返し、明滅させる。丘で塔を見守っていたユージンたちは修繕業者の恰好に変装している。
合図を確認したユージンがほかの者たちの顔を見る「決行だ」ユージンたちは門で通行許可証を見せて入城する。
門番はユージンをみて「みない顔だな?」と不審がると、クワトロがひょっこり顔を出す。
「やあ、おっさん」
「なんだ坊主か」
最近何度か城に出入りしているクワトロは門番に顔を覚えられていたのだ。
「しかしこんな夜更けに修繕作業か?」
と問われ、ユージンが用意していた通りの答えをする。
「明日の作業の準備があるのです。作業がだいぶ遅れていまして。これ以上遅れると監督官殿に罰を受けてしまいます」
ユージンの表情は固く、声は少しうわずっていたが、門番は信じだようだ。
「それは大変だな。ご苦労さん」
ユージンたちは中に通された。
***
サキは女王の部屋へ向かう。アウラにはクワトロが修繕作業中に計画を伝えてあった。
女王はサキを見て息を飲む。クワトロから事前に言われていたとはいえ、本当に救出が来るとは思っていなかったのだ。
「貴女がアウラね。私がサキよ。クワトロから聞いているでしょう?」
「はい……。まさか、ほんとうに来るとは」
「私は依頼を受けて仕事をしているだけであって、貴女の臣下ではない。貴女をここから出すけど丁重に扱うのは難しいわ。少し我慢してもらうわよ」
そのときクワトロが窓のところに姿をあらわす。
「やあ。準備はいいかい」
クワトロは体に巻き付けてあった長いロープをサキに手渡した。サキはロープの一方を十分な重量がありそうな寝台に結び付け、反対側を窓から垂らした。
サキはアウラを抱き上げ、ロープにつたって塔を降りていく。ロープは長さが足りず、途中までで途切れている。
(クワトロの馬鹿。長さを間違えやがって)
下にはユージンたちが乗ってきた、草を積んだ馬車の荷台がある。
「ちょっと飛ぶわよ」
サキは勢いをつけて飛び降り、アウラとともに馬車台の草の中へ突っ込む。草が衝撃を吸収するとはいえ、衝撃音が響く。
衛兵がわらわらと現れる。
「何事だ?」
ユージンが飛んできて、弁解する。
「何でもありません。子供が物を落としまして。お騒がせしました」
城兵たちが退散すると、一同はこそこそと馬車に集まった。サキと女王は荷台の草の中に隠れたまま息を殺す。
馬車は城門に差しかかった。ユージンが門番に「作業が終わりました」と例のうわずった口調で言いその場の全員が肝を冷やしたが、なんとか無事に通過した。
***
同じころ、見回りの城兵が塔の窓から垂れているロープに気付き、不審に思い、同僚ととともに女王の部屋を確認しにいく。城兵が扉を叩く。
「陛下、陛下?」
しかし返事はない。
「開けますよ」
城兵が扉を開こうとするが、びくともしない。サキが調度品で扉をふさいだのだ。城兵はやむなく体当たりを繰り返して扉をこじ開ける。ようやく扉が開き、同僚が灯りをかざす。部屋はもぬけの空だ。
「陛下がいない!すぐにオゾマ様に知らせろ!」
「先ほどの修繕師たちが怪しい。騎士に追わせろ!」
追手となる騎士四人が編成され、城門が開いてあわただしく出ていった。
***
サキたちは城から十分離れるまで演技を続ける段取りだった。ユージンが計画を話す。
「陛下、もう少しの辛抱です。あと少しだけ演技を続けます。もう少しで事前に馬を隠しておいた小屋につきます。そこで騎乗用の馬に乗り替えて速度を上げて隠れ家まで一気に逃げます」
遠くで馬の蹄の音が聞こえる。城のほうからだ。かなり急いでいる音だ。それはだんだんと近づいてくる。
(まずい。想定より早く気付かれたな。松明を消すべきか? いやもう遅い)
騎士たちはまたたくまに馬車に追いつき、馬車は取り囲まれた。草の中でサキが女王に小声で囁く。
「声をあげないで」
女王はサキの手を握って承知したことを伝える。
騎士の一人が威圧するように聞く。
「女王陛下が行方不明だ」
「女王陛下が? それは大変だ」
目を覆いたくなるようなユージンの芝居だった。緊張がはっきりと顔に出て、口調はぎこちない。ばれるのは時間の問題だ。
「お前たち何か知らないか? 荷を調べる。全員馬車から降りろ」
サキは草の中から敵の戦力を分析する。敵は四人。慌ててでききたのであろう、装備はまちまちだ。全員帯剣しており兜はつけていない。先ほどから喋っている男は馬に乗ったまま指示を出している。こいつがリーダー格だろう。軽装だ。
指示された二人の騎士が馬から降りて荷台を調べはじめる。この二人は鎖帷子を着用していうる。一人は馬に乗ったまま松明をかかげている。こいつも鎖帷子を着ている。松明で手がふさがっており、すぐには剣を抜けないだろう。頭の中で倒す順番を整理する。
荷台の草をかき分けはじめた男の動きが止まる。男はゆっくり草の中に倒れ込んだ。
「おい、どうした?」
リーダー格の男が聞くが、返事はない。荷を調べていたもう一人の男の首に剣が突き刺さる。剣は草から真っ直ぐ伸びていた。
松明の男があわてて松明を投げ捨てて剣を抜こうとするが、剣を抜き終わる前に草から飛び出してきたサキに斬られ、馬からずり落ちる。同時にクワトロが大工道具を取ってリーダー格の男に投げつけ、男を妨害する。
それをみたユージンらも発奮し大工道具を手に取り、剣を抜いたリーダー格の男を威嚇して牽制する。取って返したサキが飛び上がりざまに馬上の男を斬る。男は声をあげる間もなく絶命し、落馬した。緊張から興奮気味のユージンらは、戦いらしい戦いもしていないのに息が荒い。
「馬車はここで捨て、小屋で馬に乗りかえる。急ごう」
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