第86話 物語遊び
国母が身を寄せているムスタクの屋敷につく。屋敷の奥では国母とジェイエンが待っていた。ノイエダとアウラが再会する。
「母上!」
アウラがノイエダに抱きつく。こうしてみると女王も幼い子供だ。国母はユージンやサキたちに感謝と労いの言葉をかける。
「女王陛下はお疲れでしょう。ここは安全です。何日か休まれるのがよろしいでしょう」
ジェイエンがいう。
「今後のことは国母様と私で相談して考えます」
サキがユージンが話しかける。
「私の仕事はここまでだよ」
「ああ。約束だからな。報酬は渡す」
ユージンがサキに約束の金を渡した。
「出て行くのか? ムスタク殿に頼んで屋敷のひと部屋を使わせてもらえるようにもできるが」
「ああ。もうあんたたちの国のことには関わらない――」
クワトロが割って入ってきた。
「ここに置いてくれ! あの娘にも同じくらいの年の遊び相手が必要だろ?」
「あ、ああ。そうしてくれると俺としても嬉しいよ」
こうしてサキはクワトロ、ヴァンとともに、しばらくの間ムスタクの屋敷に厄介になることになった。クワトロとヴァンはアウラにとってはよい遊び相手になった。
アウラはサキに懐いた。もともと王族は自分で子育てなどしないものだし、国母はジェイエンと今後の政略を話し合うのに忙しいようで、アウラは自然とサキやクワトロと過ごす時間が長くなった。そこにヴァンも加わる。
アウラとクワトロ、サキらの生活。昼間に遊んでいる女王とクワトロ、ヴァンらを見守るサキ。クワトロはアウラと一緒にいられて嬉しそうにしている。アウラも楽しそうだ。小さいヴァンもアウラを好きなようでクワトロとどちらがアウラの心を奪えるか競っているようだ。
サキは三人の子供たちを、谷で遊ぶ自分とジェンゴとヴァンの幼いころに重ねてみていた。
夜、眠れないアウラがサキに物語遊びを提案する。
「これは、私が塔でひとりでやっていた遊びで、絵を描いたカードを2枚めくり、その絵をすべて使った物語を即興で作って披露するという遊びよ」
まずアウラが二枚のカードをめくってお話をした。
「次はサキの番よ」
「いや、私は」
アウラが問答無用とばかりにカードを二枚めくる。王子さまと酔っ払いだった。
「私は話を作ったりするのは苦手なんだ」
サキは眉根を寄せて懇願したが、アウラは許さない。
「だめよ。私はやったんだから」
降参したサキは少し考えて語りはじめる。よし、じゃあ私が幼いころ母に聞かされたお話を少しアレンジしてみよう。むかしむかし、ある国に若い王子さまがいました。王子さまは乗馬が好きで、その日も城を出て馬に乗ってある村に遊びに行きました。その村には若い娘がいて、王子さまはその娘と恋に落ちました。しかし王さまは……
***
アウラはここでも籠の中の鳥になるかと思われたが、タナティアの毎年恒例の祭りの日、クワトロとヴァンがアウラを誘って屋敷をこっそり抜け出す。
屋敷の中は大慌てになるが、サキが三人をみつける。
三人は祭りを楽しみ、特にアウラは束の間の自由を謳歌しているようだった。サキはしばらく見守ることにする。
アウラにとっては自国の祭りながらはじめての経験だった。庶民の間で親しまれる味の濃い、癖になる肉料理。信じられなくくらい甘い飲み物。ひとつ食べると止まらなくなる菓子。異国の芸人たちの珍しい芸。おかしな喜劇の舞台……
日が傾きはじめたころ、そろそろ頃合いだと思い、サキは三人の前に姿をあらわした。
「お楽しみのところ申し訳ないが、子供はそろそろ帰る時間だよ」
サキはアウラのほうを向いて、冗談めかして聞く。
「だけど帰るとまた閉じ込められる日々が待っているね。このまま帰らないという選択肢もあるよ。余所の国に逃げるかい?」
すると先ほどまで無邪気な少女だったアウラは急に成熟した顔になり、サキの目を真っ直ぐ見据えた。
「いいえ。私はこの国の守護者。この国以外に私のいるべき場所はありません」
サキは面食らったが、アウラはすぐに少女に戻って言った。
「だけど、あともう少しだけお祭りを楽しませて」
日が暮れたころサキが三人を連れて屋敷に戻った。
今回の脱走劇の首謀者と思しきクワトロはユージンから大目玉をくらった。クワトロはユージンの前でこそしゅんとしてみせたが、ユージンがいなくなると、信念を貫き通した人の晴れ晴れした顔になった。
サキはこのままこの生活が続いてもよいかもしれないと思いながら子供たちを眺めていた。
それから何気なくムスタクに視線を移し、ふと気づいた。ムスタクの様子が何やらおかしい。それほど暑くもないのに汗をかいている。
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