第83話 依頼

 翌日、サキはクワトロと荷運びの仕事をしていた。クワトロはこの日は城での修繕の仕事がなかったため、荷運びを手伝っていた。サキはクワトロが妙に上機嫌なのが気になったが、何があったか聞いても「別に」としか答えないので、放っておくことにした。


 サキとクワトロが荷を積んだ車をロバに引させていると、サキが突然「止まれ」と言ってクワトロを後ろに下がらせた。


 木陰に人の気配。三人か。やれやれお出ましか。


 はたして前方の木陰から三人の山賊が姿をあらわした。


「荷を置いていってもらおうか」


 賊のひとりがにやつきながらサキをじろじろと見て「それだけじゃ物足りないな」と言い出す。


「こいつはなかなかどうして」


「思わぬ拾い物じゃないか」


 賊はにやにやしながらサキらの周りをぐるぐると回る。


 女と子供だけと見て襲ってきたのだろう。山賊たちは油断しきっており隙だらけだ。サキはそれまで黙っていたが、口を開いた。


「一番年上は誰だ?」


「あ?」


「人生の長さを少しでも公平にしてやろうと言うんだ。年の順に殺してやる」


 山賊たちは一瞬あっけにとられたが、笑い出した。賊たちが答えないのでサキは頭の中で三人を殺す順番を決めた。


 剣を抜こうとしたとき、背後から「何をしている!」と叫ぶ男の声が聞こえ、手が止まる。見ると若者が走って近づいてきた。たまたま通りかかった若者が助けに入ろうとしているようだ。若者は息を切らしながらサキと盗賊らの間に入って剣を抜いた。


「貴様ら山賊か? か弱い女性や子供を狙うとは卑劣な奴らだ!」


「ちっ。邪魔が入ったか。おい、こいつから片付けるぞ」


 頭目らしい男が他の山賊たちに合図をすると三人が得物を手に若者に襲いかかる。若者は数回敵と打ち合ったが、三人相手にそれも続かず押し込まれる。若者が盗賊の攻撃を剣で受け止めた拍子に押し倒される。


 サキは心の中で舌打ちした。正直なところサキにとってこの若者は助けになるどころか、かえって足手まといだった。サキが若者にとどめを刺そうとする賊の男を返り討ちにする。賊は首筋を斬られ、尻もちをついていた若者の横にばたりと倒れ込む。


 サキは若者に向かって「あんたはそこでそのまま頭を低くしてな」と言うと、素早い動きで残りの賊に近づき、あっというまにふたりとも始末してしまった。若者はあっけにとられてその様子を見ていたが、敵が片付くとサキの強さに感服したようで、キラキラとした瞳でサキを見ていた。


 サキは少し気持ち悪くなったが、若者の顔をみて思い出した。先日ムスタクの屋敷に出入りしていた不自然な若者たちのひとりだ。


 道すがら若者と話しながら歩くことになった。若者の名をユージンと名乗った。


「実はいま、君のような腕の立つ人を探していたのだ」


 少し興奮気味にユージンが切り出した。


「どういうことだ?」


「この国の情勢は知っているだろう? 摂政のオゾマが幼い女王アウラ様を保護するという名目のもとに、城の塔に幽閉した。オゾマは権力欲の塊のような男で、アウラ様と婚約しようとしている。アウラ様の母親であるノイエダ様がそれに反対し、側近のジェイエン様とともに城を出て身を隠しているところだ」


 酒場で聞こえてきた話だ。


「いま女王陛下はオゾマの手中にあり、奴は自分に都合のよいことだけを女王陛下に吹き込み、都合の悪いことは握り潰し、陛下を傀儡にしているようだ。いま国政はオゾマのほしいままになっている。そこで、私は志の高い仲間たちとともに、アウラ様を幽閉されている城から救出しようと計画しているのだ……。問題は、我々の同志の中には実戦経験が豊富な者がおらず、もし敵と剣を交える状況になったときに一抹の不安があり……」


「それで私を雇いたいと?」


「そういうことだ。これはこの国のための大義ある仕事で――」


「あんたらの大義は私にとってはどうでもいいことだ」


「も、もちろん多額の報酬も約束する。酒を運んでいてはとても稼げない額だ」


 ユージンは報酬の額を提示したが、それはこの豊かでない国では破格の条件だった。だがサキは首を縦に振らない。


「たしかに報酬は魅力だ。だが危険すぎる。今の仕事でも食べていくぶんはなんとか稼げている。あんたたちの国の問題だ。そのことに首を突っ込む理由はない」


 すると突然、クワトロがサキに反発してユージンの肩を持ちはじめた。


「引き受けるべきだよ、サキ」


「報酬に目がくらんだか? 欲をかくな。前も言ったようにあまり目立つようなことはしたくないんだ」


「金の問題じゃない。その女王様はきっと寂しくて苦しんでいる。遊びたい盛りの女の子が塔に閉じ込められているんだ。放っておくのかよ?」


 サキはクワトロの意外な反応に驚いたが、ともかく依頼は断り、その日はユージンと別れた。


 次の日、前日のクワトロの言動をいぶかしく思ったサキがクワトロを尾行する。この日のクワトロは、城の修繕の手伝いをする予定だ。クワトロは修繕師と合流し、城へ入っていく。


 サキは丘の上から様子をみていると、クワトロが縄で吊り下がって作業している最中に、親方の目を盗んで塔の窓に近づく。窓からは少女が顔を出した。


 ふたりは楽しそうに言葉を交わして笑っている。ふいに、クワトロが懐から一輪の花を取り出して少女に渡した。


(あいつめ。そういうことか)


 サキはため息をついた。


***


 サキはムスタクの屋敷の前で待ち、ユージンが屋敷に入ろうとしているところを捕まえた。


「依頼の件、この前約束してくれた成功報酬は確かだな」


「ああ。受ける気になってくれたか?」


「引き受けよう。ただし、私の指揮下に入ってもらう。あんたの計画は危なっかしくてみていられない」


 ユージンはサキの突然の心変わりに少々戸惑いながらも、喜んだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る