第4章 タナティアの動乱

第82話 タナティア

 サキはアルヴィオンの東に位置する小国タナティアに着いた。サキはセフィーゼの乳母を訪ねる。乳母の夫はすでに亡くなっており、子もなく、女手ひとつで宿を営んでいた。セフィーゼから手紙で連絡を受けていた乳母は、サキたちを快く迎え入れてくれた。


「疲れただろう。部屋で休むといい」


 質素な宿だ。それほど繁盛しているわけでもなさそうだし、暮らし向きは豊かには程遠い。サキと子供二人の面倒をずっと見続ける余裕はなさそうだ。


 翌朝、サキは乳母に「仕事を探して自分たちの食い扶持くらいは稼ぎます」と告げる。


「すまないねえ。そうしてくれると助かるわ」


「このあたりで仕事のあてはありますか?」


「そうだねえ。商人のムスタクさんが酒樽の運搬を手伝ってくれる人を探していたわね」


 サキはさっそく教えられた商人の屋敷に行った。なかなか立派な屋敷だ。下働きの男に声をかけると、奥から商人のムスタクが出てきた。


「宿の女将さんから紹介されたんだが。酒を運ぶ仕事があるそうだな」


 商人はサキをみてやや渋い顔をする。


「ああ、だが女ではなぁ」


「女だと何か問題が?」


「山地を歩いてもらうことがある」


「体力は人並み以上にあるつもりだが」


「いや、そういうことじゃない。酒樽はロバに引かせるから体力は大した問題じゃないが、最近、山賊が出没するってことだ。それで運び手がなかなかみつからないんだよ。万一山賊にあったら積み荷は置いていけばいいが、女だとその、それだけじゃすまないかもしれないだろ?」


「そういうことか。だがその心配は無用だ。自分の身は自分で守れる」


 サキがあまりに強気なので、ムスタクは最後には半ばヤケ気味に了承した。


 仕事を得たサキはロバを引き連れ、酒樽を運んで回る。荷車に樽を積み込みロバに引かせる。運搬先は、宿や裕福な町人の屋敷や酒場などであった。


 サキは酒の卸先のひとつである酒場でタナティアの幼い女王アウラの噂を聞く。


 数か月前に王が亡くなり、そのひとり娘であるアウラが女王として即位し、女王の枢密院が結成された。枢密院は女王の統治を補佐するための諮問機関で、ふたりの重臣から成っていた。重臣のひとり、オゾマはこの国でもっとも有力な一族の男で、強引に摂政に就任し、権力を増した。オゾマは幼い女王を保護するという名目のもとに、城の塔に幽閉した。


 さらに彼は女王との婚約しようとするが、アウラの母である国母ノイエダは婚約に反対する。オゾマほかのもうひとりの重臣ジェイエンも反対するが、オゾマは強引に事を進めようとする。ジェイエンは、対抗措置として、国母と城を出て身を隠した。そんな話が聞こえてくる。


 どこの国も政治は色々とあるものだ。サキは自分には関わりのないことだと思って聞き流した。


 運搬が終わり、サキはムスタクの屋敷に戻った。ふと見ると、屋敷の裏口から出てくる若者たちがある。妙だ。商売人には見えない。商人の屋敷に出入りするには少し不自然な連中だ。一体何をやっている連中だろう?


 だが余計なことにかかわるつもりはない。サキはこの日の賃金を受け取ってさっさと帰った。


***


 塔の中の一部屋に少女がいる。窓の外の止まり木をみつめている。


「女王陛下、摂政閣下がお見えです」


 侍女が告げると摂政のオゾマが部屋に入ってきた。


「ご機嫌はいかがですか、陛下」


 アウラは摂政を見てにこりともせず、また窓の外を見やった。


「母君のことがご心配なのですね。私にお任せください。必ずや母君を連れ戻します」


 摂政が去ってひとりになった。彼女の友達は孤独と退屈だった。


 アウラはいつものひとり遊びをはじめた。物語を作る遊びだ。絵を描いたカードを2枚めくり、その絵をすべて使った物語を即興で作る。今回のカードは騎士と縄。


 彼女は騎士が縄をつたってこの部屋にやってきて、自分を連れ出してくれる話を考えた。騎士は彼女を連れ出し、外の世界を案内してくれる。彼女は長い長い空想の世界に入っていった。


***


 クワトロが持ち前の運動神経を活用して大道芸で小銭を稼ぎはじめた。剣を持って縄を渡り、縄に乗ったまま投げた木の切れ端を空中で切り刻んでみせる。拍手喝采となり、器に小銭が投げ込まれる。


 宿に帰り、クワトロがサキに愚痴る。


「ウケてるのに投げ銭はこんなに少ないんだよ」


「ここの人達も豊かではないからな」


「これっぽっちしか稼げないんじゃ暮らしは楽になんねえぜ。あーあ。うまいもん食いてえなあ」


 クワトロがサキをちらと見る。


「なあ、サキ。その腕を活かして用心棒稼業はやらないのかよ? きっと荒稼ぎできるぜ」


「やらない」


「なんでだよー」


「忘れたのか。我々は逃亡の身の上だ。目立つことはしない」


「ちぇー」


***


 ある日、修繕師の親方は悩んでいた。城の止まり木の修繕についてだ。王家の象徴である鳥が止まる木なので修繕しなければならない。しかし高い位置にあるあれを修繕するのは身の危険が伴う。まして親方は足を悪くしており、とてもそんな作業をできそうにない。弟子たちも嫌がる。そんなとき、クワトロの芸をみる。


「お前、修繕作業の手伝いをしないか。いい報酬を出すぞ」


 報酬に釣られてクワトロは引き受ける。


 クワトロは城に連れて来られる。


「あれだ」


 親方が指差した先には細長い止まり木が。


「大丈夫。命綱は付けてやるから。言っておくが、これは誇り高い仕事だぞ。国の象徴を修繕するんだからな」


 クワトロは作業中、鳥の大軍に襲われ落下する。幸い命綱をしていたため命は助かった。クワトロの体はロープにぶら下がったまま、女王の部屋の窓の縁に近づき、着地した。


「死ぬかと思った」


 クワトロがほっと息をついて顔を上げると、驚いた表情のアウラと目が合った。

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