第72話 修道院(一)

 ジェンゴの死体をあらために“谷”の者たちが街にやってきた。エミリアも来ている。一行の指揮を執っているのはフレドだ。さきほどジェンゴの遺体を確認した。


 エミリアはその傍で静かにうずくまっていた。フレドはその背後に立っていた。周囲で聞き込みをしていた“谷”の者が、聞き込みの結果をフレドに報告しにくる。


「ジェンゴを殺ったのはサキに間違いないだろう。どうやらサキは北へ向かったようだ。剣を携えた子供連れの女が北へ向かう馬車に乗ったのを、複数の者が目撃している」


 エミリアはジェンゴの手を取り、両手で握りしめる。涙が零れ落ちる。想いを伝えることができなかった。そして誓う。


 はじめエミリアは憧れていた人の裏切りに、混乱していた。だが今は反動で強い憎悪が彼女を支配しはじめた。


 なぜサキはこんなことをする?しかし事情などもはやどうでもいい。あの女は“谷”を裏切り、仲間を裏切り、私の尊敬と信頼する気持ちを踏みにじり、そして……ジェンゴを殺害した。これを許すことなどできない。絶対に。必ずジェンゴの仇を取る。エミリアは強く誓った。


***


 馬車は村落にやってきた。サキは赤子を抱いてクワトロとともに馬車を降り、御者に聞いた近くの宿へ向かう。


 宿の主人は商売人らしくはじめは愛想よく対応したが、客が女ひとりと子供ふたりという訳ありな構成だとわかると渋い顔になった。サキがなけなしの有り金をみせると、渋い顔はますます渋くなった。


「駄目だ。他をあたりな」


「この辺で泊まれる宿はここしかないだろ? 少しまけてくれよ」


 クワトロが食い下がるが、主人は首を縦に振らない。サキらは宿を出るが、宿の主人の奥方が追いかけてきた。


「あんた、旦那に殴られて逃げてきたんだろ?」


 奥方は返事を待たずに勝手にそうだと決めつけて話を進める。


「お金よりそっちが問題なのさ。うちの人はトラブルを避けたいんだよ。旦那に乗り込んで来られたら大変だからさ。隣の村まで行けば別の宿があるけど、そこへ行っても同じだよ」


 奥方は丘の上の建物を指す。


「あの修道院へ行きな。ここらであんたみたいのを受け入れてくれるのはあそこしかない」


***


 サキらは丘を登って修道院へやってきた。だが、対応した修道女は冷たかった。


「最近になって規則が変わったのです。昔はいざ知らず、今は紹介もなく人を受け入れることはできなくなりました。規則です」


 サキは苦境を説明してなんとか入れてもらおうとねばったが、修道女は「規則です」を繰り返すばかりで取り付く島もない。サキが諦めて出て行きかけたとき、止める者があった。


「待って」


 奥から女が出てくる。


「その者はわたしの知り合いよ」


 サキは女の顔をみた。この人を知っている。ドーラの雌狼ことライオネルの嫡男ハンスの妃、セフィーゼだった。

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