第68話 処刑場

 サキは自分の見ているものが信じられない。どこか遠くに逃げたのではないのか。合図がみえなかったのか。


 ヴァンは呆然と立ち尽くすサキの横を通り過ぎ、シオンの前にひざまずいた。


「どうか私の命でお怒りを鎮め、子供の命はお救い下さい。王妃殿下を……ティアナ様をお許し下さい」


***


 ヴァンの処刑がおこなわれる。城壁の上に造られた処刑場である。ティアナ、サキ、ジェンゴが見守っているなか、手枷を嵌められたヴァンが引き立てられてくる。立会人は、シオン、レナードである。シオンは城壁の淵に立つ。


「昔の王が処刑場をここに作ったのは王都を囲んだ反乱軍に人質の処刑を見せつけるためだそうだ」


 処刑人であるフレドが剣を構える。


「陛下、王妃殿下は」


「だめだ。しっかりと見せるのだ。こちらが特等席だ。こちらへ来い。」


 ティアナは涙を流しながらも毅然として正面からヴァンを見据えた。


「陛下、どうか」


「罪人が口をきくな!」


 衛兵が遮ろうとするのをシオンが止める。


「よい。しゃべらせろ」


「どうか王妃殿下と子供は罰しないようにお願いします、陛下」


「配慮しよう」


 処刑人が剣を振り下ろし、ヴァンの首が落ちる。ティアナは気を失って崩れ落ちる。それをサキが支える。


***


 評議会が招集される。王妃とその子供の処遇についてだ。レナードが煽る。


「王妃の陛下への裏切りに怒りを覚えています。許されることではありません。厳しい処遇でも皆納得するのではないでしょうか」


 ライオネルの娘や孫を守ろうと、オルセイはシオンに慈悲を乞う。


「今回の王妃殿下の行いは罪深い過ちでした。陛下の心痛はいかばかりかと私どもも苦しんでおります。しかし、王妃様を敬愛する者たちの願いも考慮されるべきではないかと思います。王妃様は後悔し、反省しています。どうか慈悲深いご判断をお願いいたします。子供は私がお預かりして育てます」


 シオンは目を開いた。


「王妃の裏切りに心を痛めたのは事実だ。だが、妻も子も神に愛される者たちだ。家族の罪を許そう。今回の不義密通の罪に関し、王妃は不問に付す。生まれた子供も傷つけない。双子のうち兄はそなたに預けよう。弟は王宮に置く」


 オルセイは感謝する。


「慈悲深いご判断です。人々はますます陛下を敬愛するでしょう」


 評議会が終わり、解散になる。シオンとレナードだけが部屋に残り、密談する。


「てっきりもっと厳しい処断をされるものと思っておりましたが」


 レナードはシオンをみる。


「王妃の密通を知ったときは怒りを覚え、我を失いそうになりました。王妃を厳しく罰し、子供を彼女の目の前で殺してやろうかとも思いました。ですが、いまは冷静になっています」


 シオンがレナードに答える。シオンは軽く握った拳を見ながら続ける。


「今ではこれはチャンスではないかと考えるようになりました。ライオネルを支持し、ライオネルの娘を支持してきた諸侯たちにとってはとんだ恥辱のはずです。王に不義を働いた明確な証拠ですから。罪を犯した者を支持するのは不名誉です。これをうまく使えば諸侯の支持がライオネルの娘から私へ移ってくる。王妃を許せば慈悲深いという評判も得ることができる」


 レナードが満足そうに笑う。


「政治利用できるものは利用し尽くす。それこそが王の道です。陛下はまた一皮剥けました」


 シオンは考えていた。慈悲深いことは美徳だ。模範的な慈悲深い王として振る舞い、王妃を罰することなく許そう。少なくとも表向きはな。


 サキがティアナの部屋にいく。


「王妃様は不問となりました」


 しかし王妃は特に喜ぶ様子はなく、「そう」と言ったきり黙っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る