第66話 密会

 ティアナの部屋の前にエミリアが立っている。王女の護衛を務める“谷”の者が増えた。エミリアも半人前ながらティアナの護衛役の一人となっていた。交代の時間が近づき、サキがやってきた。エミリアにとってはサキが憧れの存在であり、相談相手となっていた。


「王妃様って物静かですね。昔からそうだったんですか?」


 エミリアがサキに言う。


「いや、昔はそうじゃなかった。色々悲しいことを経験されたのだ」


 なんとなく気まずくなりかけたところで、ジェンゴがやってきた。エミリアの頬が赤らむ。彼女はジェンゴを慕っており、その恋の相談もサキにしていた。


「問題ないか」


「ああ」


「ちょっくら街へいってくるわ」


 ジェンゴが去っていった。


「どこへいくんでしょうね?」


 エミリアの問いにサキが答える。


「売春宿へいくんだろ。あいつは暇があれば酒か女だ。売春宿なら酒も女もある」


 サキは答えた後にしまったと思ったが遅かった。エミリアはふくれていた。


 ジェンゴが売春宿に出入りしているのはそうなのだが、今日はおそらく以前助けた少年、クワトロのところに行っているんだろう。彼は災厄を免れた村の農家に引き取られていた。


 ジェンゴは幼い頃の自分と重なるのかこの少年がやたら気になるようで、ちょくちょく様子を見に行った。ある日、クワトロはジェンゴに剣を教えてくれるように請うた。少年の目は本気だったのでジェンゴは引き受けた。それでジェンゴはときどき時間をつくって剣の稽古をつけに行っているのだ。


 今夜はサキが見張りを務める番だ。夜になり、それまで見張りを務めていたエミリアと交代する。双子月が地上を仄かに照らしている。


 ふいに静かに扉が開き、王妃が部屋の中から出てくる。ケープで顔を隠している。ティアナはサキにひとりにしてほしいと言う。サキは護衛としてそれはできないと答える。


「ではお願い。これからあなたが見ることは誰にも言わないと約束して」


 こんな夜中にどこへ?訝しがりながらサキはティアナについていく。庭園までやってきた。庭園の中に小屋がある。繊細な植物を育成したり、手入れ道具を保管する小屋だ。


「ここで待っていて」


 ティアナはそういって小屋の戸を叩く。ヴァンが戸を開く。ティアナは小屋に入っていく。ヴァンは周りを確認して戸を閉めた。


 ひとりになり、サキは庭園の木にもたれかかり、月を見上げる。サキは胸の痛みを感じる。


(女なのだな。私は)


 ふたりはいつからこんな関係になったのだろうか。今夜がはじめての密会なのか。胸が苦しくなり服を握りしめる。


 早朝にヴァンが周りを気にしながら部屋を出て去っていく。少しのち、ティアナが出てくる。サキとティアナは黙ったまま王妃の寝室に戻った。


***


 数か月が過ぎた。この間、ティアナとヴァンの密会は続いた。この秘密を知っているのは当事者ふたりとサキだけだった。


 ある日の朝食中、ティアナが食べた物を戻した。侍女のひとりが慌てて王宮医を呼びに行く。


 王妃の寝室に王宮医のホランドがやってくる。サキと侍女たちが見守る中、王宮医は食事の内容を質問したり、ティアナの額に手を当てたり、腹の様子を診る。ふと医者が微笑む。


「おめでとうございます。ご懐妊です」


 侍女たちが喜び、口々に祝いの言葉を述べる中、ティアナの表情は浮かない。サキは黙ってティアナをみつめていた。


***


 王宮医から王妃の懐妊を知らされたシオンは、レナードと祝杯をあげていた。レナードは珍しく酔っていた。


「これで男子が産まれれば我が家も安泰です、陛下。私の孫には本物のアルヴィオン王家の血が混ざる。虚が実になったのです」


「父上、まだ男子と決まったわけではありません」


「陛下、女だった場合はこれからも夫婦の務めを果たし、なんとしても男子を生まなければなりませんぞ。それにしても名前を考えねばなりませんな。男子の場合はどうするか。やはり私の名からも一文字取って……」

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