第60話 黒幕(三)


 王宮の一室で待っていたレナードのところにモーゼフがやってきた。


「ご協力ありがとうございました。今頃私の部下が“谷”の者達をひとり残らず始末しているところでしょう」


 モーゼフは彼の介添をしていた男に部屋の外で待つように指示した。男が部屋を出るのを待って、レナードが口を開いた。


「先日のあなたの謎解きは興味深かった。多くの点で正しい洞察でした。さすがは密偵頭殿。ですが、重要なことをひとつ見落としていらっしゃる」

 

 モーゼフが首を傾げた。


「あなたは私がウェンリィ様と別の子供を入れ替え、ウェンリィ様の偽者の遺体をライオネル陛下に差し出したとおっしゃっていましたが――」


 レナードの口元が緩み、白い歯が覗いた。



***


 ウルグが取り出した手紙にサキが手を伸ばしかけたとき、サキの背後から女の声がした。


「お花はいりませんか?」


 見ると、花売りの女が花でいっぱいの籠を持って立っていた。


 ウルグは舌打ちした。こんなところまで花を売りにくるとは。つまらん面倒をかけやがって。ウルグは露骨に渋い顔をして、女に向かってさっさと立ち去るように手を振った。


 女もここで花を売りつけられないことは察したようで、立ち去ろうと後ろを向いた。だが、一歩足を出した途端、躓いて倒れた。ウルグは再び舌打ちし、ため息をついた。やむなく花売りに近づいて、柄にもなく起き上がるのを手伝おうとした。


 次の瞬間、花売りの女が勢いよく振り向いたかと思うと、ウルグは腹に痛みを感じた。見ると自分の脇腹に深々と短剣が突き刺さっている。花売りは籠をほったらかしにしたまま、後転して立ち上がった。


「エミリア、もういい。お前の役目は終わりだ。あとは下がっていろ」


 サキは剣を抜きながら、花売りの女に扮した“谷”の娘エミリアに言った。周囲で男の叫び声がいくつかあがった。見ると、クロスボウで顔面を撃ち抜かれた兵士たちが倒れていた。生き残った兵士ふたりが手に持ったクロスボウを放り捨てながら立ち上がって姿をあらわす。ふたりが兜を脱ぐと、ジェンゴとフレドだった。


「レナード殿に嵌められたのはお前たちのほうなんだよ。お前は手強い。一対一で正面から挑むと不覚を取る恐れがあった。だからこうして万全を期させてもらった。深手を負ったうえで三対一ではお前もなす術がないだろう?」


 ジェンゴとフレドも剣を抜き、ウルグとの距離を縮めはじめた。


***


 眉根を寄せたモーゼフにレナードが真相を語りはじめた……。


 私は没落した小貴族の生まれでした。幼いころからサルアンと親交がありました。彼は私を親友のひとりとしてみていました。やがて彼が次期国王として権力を持ちはじめると、私の家を再興する支援をして私を引っ張り上げてくれました。もちろんそのことは大変感謝しています。


 ですが、私には満たされぬ野心がありました。爵位は与えられました。小さな領地とささやかな財産も手にしました。しかしそれらは私の野心には遠く及びません。私の野心……。それはこの国を手に入れること。しがない小貴族の私にはたいそれた野心です。満たされぬ思いを抱えたままサルアンの腹心として生きていました。


 より広い領地、より高い地位、より多くの富。自惚れと思われるかもしれませんが、私はそうした人々が望むものをある程度手に入れる自信がありました。私の才覚があれば生きているうちに余人が望むべくもないほど多くを得ることができるでしょう。しかし血筋が無ければ国を手に入れることはできない。貴族が力をつけ過ぎるとやがて王に疎まれてその力を剥ぎ取られる。血筋がなければ手に入るものに限界がある。


 サルアンは優れた王太子として将来を嘱望されていました。たしかに教養も剣術も素質があった。しかし何をやっても私のほうが上だったのです。しかし私はこの国の統治者になることはない。私の子孫も永遠にサルアンの子孫にひざまずき続ける。それが血筋です。血筋が呪いとなって永遠に私と私の子孫を縛り続けるのです。


 血筋。家の再興を果たしながらも、私はその呪いを頭から追いやることができませんでした。その呪いを取り払うことなど叶わぬ夢です。しかし叶わぬからこそ一層私の渇望は増したのです。人は自分から遠すぎる者には嫉妬せず、近しい者をねたむといいます。


 私はサルアンと親密になっていくにつれ、奴が持っているものが、その血筋が妬ましくなった。王家の血筋が欲しい。それは幼い子供が玩具を渇望するような、抑えがたい激しい衝動となりました。


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