第59話 黒幕(二)

 モーゼフは話を続ける。


「王となったウェンリィ様はあなたをぞんざいに扱うことはないでしょう。当然です。ウェンリィ様にとってあなたは親同然であり、危険をおかして自身を匿い、そして王位につけた大恩人なのですから。あなたはこの陰謀を成し遂げ、ついにこの国で王に次ぐ二番目の高みまで昇ろうとされている」


 レナードはやれやれといった様子で首を振った。


「王宮の策士たちがライオネル様を王位につけようと必死に陰謀をめぐらせているとき、あなたはライオネル様のさらに次の王を作るための布石をうちはじめていた。十年以上も先を見据えてね。恐るべき方です。ライオネル陛下の謀反からはじまり、この一連の内乱でもっとも多くを得た者はあなたです」


 しばしの静寂があった。沈黙を破ったのはまたしてもモーゼフだった。


「さて、ここでご相談したいのですが……私が今ご説明したことをウェンリィ様に話したらどうなるでしょう。つまり、あなたがライオネル陛下をけしかけ、ウェンリィ様のご両親を殺させたと話したら? ウェンリィ様が、ご自身を親代わりに育ててくれた大恩人が実はご両親の仇で、十年以上もご自身を騙していたと知ったら? そのお怒りはどれほどのものでしょう」


 レナードが渋々といった様子で口を開いた。


「私を脅すのですか。……何が望みです?」


「私の評議会の椅子を保証していただきたい。ウェンリィ様が王冠を手にされた後も、その後も末長く。そして、あの谷の者達を排除することに協力していただきたい」


 レナードは深いため息をついた。

 

「私に選択肢はないようですね。モーゼフ殿。あなたは恐ろしく長い間、評議会の椅子を守ってきました。その力の源は権力者の弱み。あなたの生存戦略はそうやって権力者の弱みを握ることですね。私について他にどんなことをご存知で?」


「王宮医のホランド殿を買収するか、脅迫していますね? 彼はライオネル陛下の即位後も王宮に残った数少ない人間の一人です。彼はあなたがウェンリィ様と入れ替えた子供の遺体をライオネル王の前に差し出したとき、遺体をあらためています。彼がウェンリィ様の健康を管理していましたから、ウェンリィ様の体のことを隅々まで知り尽くしていたはず。あの傷を、本物を模して付けていたとしても、多少の違いはあるはずです。何より傷の新しさに気付かないはずがない。であれば、遺体が偽者だと見抜けないはずがないのでは? しかし彼はその遺体がウェンリィ王太子のものだと証言し、それによって表向きウェンリィ王太子の死が確定しました。王宮医はそのときからあなたの陰謀の協力者だったのでしょう」


「参りましたね。そのことにもお気づきでしたか」


「彼があなたの協力者なのであれば、ライオネル陛下の病の診断も怪しくなってきます。ホランド殿は陛下の病状を回復不能と診断されましたが、陛下は何度も回復されています。ただの誤診でしょうか。いいえ、あなたが言わせたのでしょう。王が死の間際だと王宮医に言わせれば、次の権勢を得ようとする者の陰謀が活発になり、国は乱れるものです。あなたはその混沌を利用してウェンリィ様に手柄を立てさせようとしたのでしょう。それも結局はあなたがウェンリィ様を擁立した功労者として、キングメーカーになるために」


 レナードは再びため息をついた。モーゼフの話は止まらない。


「遺体の入れ替えに関してはもうひとつ疑惑があります。あなたは、ウェンリィ様が有事の際に自分の城に逃げることになっているとライオネル陛下に事前に伝えていたのでは? そして自分の城に逃げてきた場合はライオネル王にその身柄を差し出すと、事前に申し出ていたのではないですか。それであれば、ライオネル陛下があなたが差し出した遺体をウェンリィ様のものだとすぐに信じたことも納得がいきます」


「……まだあるのですか?」


「疑惑はまだあります。ハンス様とティアナ様を賊に襲わせたのもあなたですね? あれはハンス様の命を狙ったのでしょう。ウェンリィ様を王位につけるのにもっとも邪魔な存在ですから。暗殺は失敗に終わりましたが。その後、ハンス様は戦死されましたから、結果としては同じです」


「よくもここまで私のことを調べたものですね。あなたを敵に回すのは恐ろしいようだ」


「よき友人を得るためには、まず相手のことをよく知ることです。これからは友人として末永くお付き合いしていきたいものです」


 モーゼフがにやりと笑った。


***


 王都の人目につかない路地裏で、密偵頭の例の陰気な助手ウルグが待っていると、約束どおりサキがやってきた。


「こんなところに呼び出して、レナード殿からの極秘の重大な伝言とはなんだ?」


 周囲の物陰には鎖帷子に兜を着込み、クロスボウを手に携えた兵士たちが複数潜んでいる。いずれもサキからは見えない場所に配置している。ウルグは懐の手紙を手で確認した。内容は出鱈目だ。女が手紙に目を落としたとき、ウルグが剣で石畳を叩くのが合図だ。周囲の兵士がクロスボウで女を蜂の巣にする。


 一対一で戦って負けることはない。それは先日この女とやり合ったときに確信している。だがこの女の逃げ足は速い。万一にも取り逃がさないように周囲に兵士を配置して万全を図ることになったのだ。


 ウルグは懐の手紙を取り出した。

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