第58話 黒幕(一)

 アーロンが釈放され、ライオネルがシオンの正体を明かして王位後継者として指名した日の夕方。城壁の上で夕日を眺めていたサキのところへジェンゴがやってくる。


「これでシオンが王になれば“谷”も安泰だ。王女さんはシオンと結婚するんだろうな。あれは完全に惚れている。わかりやすい姉ちゃんだぜ」


 ジェンゴは茶化した後、ふいに真面目な顔になってサキに聞く。


「王への復讐はもういいのか?」


 ずっと考え、迷っていたことだ。だが、今は結論が出ている。


「もうやめた。あいつを斬っても、世の中に無用の混乱を引き起こすだけだ。王位を巡るゲームは王族と貴族たちで勝手にやればいい」


 ジェンゴはサキをみつめている。


「ずっと復讐が生きがいだった。アーロン殿が王子の生存を信じて十一年生きてきたように、私も復讐にすがりついて生きてきたんだ」


「今はどうなんだ?」


 ジェンゴの問いにサキはティアナの笑顔を思い出す。


「今は守りたいものがある」


 遠くをみつめながらそう言うサキの横顔をみてジェンゴも頬を緩めた。


「ところでお前、ヴァンに気持ちは伝えたのか?」


「な、何を言いだすんだ?」


「お前もわかりやすいんだよ。ヴァンは王女に惚れていて、王女もまんざらじゃないみたいだったが、今は完全にシオンに気持ちが振れているだろう。ヴァンは失恋したってことさ」


「あいつは繊細だからな。まったく。身の丈に合わない女に惚れやがってよ。はじめから王族の女に縁なんかあるわきゃねえんだ。やけ酒を浴びるように飲んで突っ伏してたぜ。心が弱っているから、いま気持ちを告げればきっと簡単に落ちるぜ」


「そ、そんなときに、弱っているときにつけ込みたくない」


 ジェンゴは優しいまなざしをサキに向ける。


「まあ、もう少し時間をおきたいってんなら、それでいいさ」ジェンゴはそう言い残して立ち去った。


 ジェンゴに言われたことを考える。やはり今はだめだ。ヴァンの弱みにつけ込むような真似はできない。しかし、想像する。王女とシオンが結ばれ、ヴァンが自分と結ばれたら。そんな幸せなことはない。戦は終わり、この国も落ち着いてきた。もう少ししたら新しい生活をはじめるときだ。ふと城壁の下を見ると、幸せそうな男女と子供が手をつないで歩いていた。


***


 その頃、王宮の一室に呼び出されたレナードがモーゼフに会っていた。


「ずいぶんな出世をなされましたな。公爵となり近衛騎士団長の椅子も手に入れられました。ウェンリィ様が王位につかれた暁には大法官も兼任されるとの噂です」


 レナードはモーゼフの世辞には取りあわず、


「それで、何のご用ですかな?」と聞くと、モーゼフの表情が消えた。


「私を排除するおつもりですか?」


 モーゼフの言葉にレナードはぴくりと動いただけで、表情を変えない。


「私を取るか、あの“谷”の男を取るのか。どちらがご自身の利益になるか考えた結果、あの男のほうを選んだようですね。……しかし、それはできませんよ。私を殺せばある情報がウェンリィ様の耳に入ることになるからです。そうなればあなたも困ると思いますよ。どんな話か興味がありませんか?」


 レナードの沈黙を肯定と受け取って、モーゼフは話を続ける。


「ライオネル陛下の謀反が成功した決定的要因は、彼の息がかかったマチス殿が近衛騎士団長になったからです。王宮の中では武装できる人間が制限されていますから、近衛騎士団を味方につければ、謀反は成功したようなものです。マチス殿の前任の近衛騎士団長カイエン殿が、謀反の疑いをかけられサルアン様に追放されたことが、決定的でした」


 モーゼフは一方的に喋り続ける。


「問題は、カイエン殿は無実だと思われることです。私はこの仕事柄、王宮の中で企てられる陰謀はすべて把握していないと気が済まないのですが、カイエン殿に謀反の兆候など露ほどもありませんでした。つまりは誰かがサルアン様に讒言ざんげんし、カイエン殿に無実の罪を着せたのです。……誰の仕業でしょうか。私がやったとの噂がまことしやかに流れて迷惑したものです。もっとも追放がもう少し遅ければ私がやっていたでしょうが」


 モーゼフが笑った。


「しかし、実際には何者かが私に先んじてサルアン様に讒言ざんげんしました。ずっと誰の仕業かと考えいたのですが、今なら確信がある。……あなたですね」


 レナードは口許に微笑をたたえたまま黙している。


「思えば、あなたがもっともその陰謀を実行しやすい立場にいたのです。カイエン殿は忠義に厚い方でしたから、彼が謀反を企んでいるという話をサルアン様に信じさせるなど容易なことではありません。誰にでもできることではない。サルアン様は信頼するあなたの言であればこそ信じたのです」


 モーゼフはレナードが息を吐いた音を聞き取った。


「あなたはライオネル陛下の謀反の後、ウェンリィ様のご遺体をライオネルに差し出した手柄で、新たな領地を得ました。成り行き上そうなっただけのようにみえましたが、はじめからそうする計画だったのでは? 有事の際、王宮からウェンリィ様を逃がすための隠し通路、あれもあなたが作った。そしてウェンリィ様が逃れるのはあなたの城だということが決まっていた」


 レナードは黙ったままだ。


「否定されないということは、ここまでは私の指摘が正しいようですね」


 モーゼフが続ける。


「だが話はそれだけではありません。ここまではあなたにとって序の口でしかない。あなたにはそれ以上の陰謀があった。すなわち、ウェンリィ様を手に入れる陰謀です。ウェンリィ様の親代わりとなり彼を育てて恩を売る。そして別人シオンとして王都に送り込み、手柄を立てさせる。手柄によって諸侯の支持が得られる頃合いをみてウェンリィ様の正体を明かし、彼を王にする。王になるために必要なのは血筋と実力の証明です。ウェンリィ様は王家の血筋を持ち、あとは実力を証明する実績を与えれば王にできる。それがあなたの計画だった」


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