第57話 和解
王の言葉にシオンは息が止まり、短い沈黙があった。ようやく言葉を吐き出した。
「な、何をおっしゃっているのです?」
身を固くするシオンに、ライオネルは穏やかに諭す。
「誤魔化さずともよい。お前に危害を加えるつもりはない」
ライオネルはシオンの目を見ながら続ける。
「私を憎んでいるだろう」
シオンは沈黙している。
「少し長くなるかもしれんが、私の話を聞いてくれ」
ライオネルは自らの半生を語りはじめた。
私が幼いころ、ドーラもデュランも内戦に明け暮れており、我が国に侵略の手を伸ばす余裕はなかった。我が国にとっては平和な時代だった。しかしそうした時代は長くは続かなかった。
ハラゴン王がドーラを統一して国王となり、クルセウスがデュランの国王に即位して内戦が収まると、彼らの旺盛な野心は、必然的に優弱な我が国に向いてきた。
平和な時代は終わり、戦と混沌の時代がはじまったのだ。こうした時代には王が諸侯を指揮して領土を守らねばならん。それが諸侯に対する王の務めだ。
だが、父と兄は戦を嫌った。そのため私が代わりに指揮を執ることになった。戦場は専ら私の領分になったのだ。父と兄が王都で安穏と優雅な生活を謳歌しているとき、国を守るため戦場で矢の雨をかいくぐり泥と血にまみれて戦っていたのは私だった。やがて供に戦った諸侯たちの忠誠心も、父や兄より私に対して向けられるようになった。
諸侯の中にはあからさまに謀反を勧める者もでてきた。国や臣下たちを守る王の務めを果たせるのは私だと言うのだ。心がまったく動かなかったと言えば嘘になる。現にその務めを果たしているのは、そしてそれを十分に果たせるのは自分しかいないという思いもあった。しかし私に謀反を起こす気は無かった。やがて父が亡くなり、いよいよ諸侯の期待は高まったが、私は行動を起こさなかった。
私が決心した決定的要因は、私の最初の妻だ。彼女に関して噂が流れた。我が兄と彼女の不義の噂だ。私は根も葉もない話だとして意に介さないふりをしたが、疑いが心の奥底にこびりついて消えなかった。他に理由も見当たらず、噂と妻の死を結び付けざるを得なかった。
諸侯の要求。国を守らねばという義務感。そして妻と兄の関係への疑い。それらが一体となって私を突き動かしはじめた。私が動きはじめると、協力者が次々と得られ、驚くほど順調に陰謀の準備が進んだ。まるで誰かが私の進む道を事前に均していたかのようにな。そしてあの夜、私はそなたの父を害し、この国を手に入れた。
それで私は満足したか?いいや。それからは己が犯した罪に苦しむ日々が続いた。毎晩兄が枕元に立ち、私をみつめているのだ。妻と兄の噂にはっきりとした根拠はなかった。国を守り王の務めを果たせるのは自分だけだという考えは思い上がりだったのかもしれない。
時が苦しみを和らげてくれると信じていたが、そんなことはなかった。苦しみは増し、私は正気を失った。そして今の私を見よ。息子に裏切られ、失った。最初の妻を失い、新たに娶ったアデレードも失った。これが私の野心の結果だ。
「許せとは言わぬ。終生憎み続けてかまわぬ。だが、我々は互いを理解することはできないだろうか。そなたの父を戻すことはできぬが、私が返せるものは全てそなたに返す準備があるのだ」
話が終わり、ライオネルは穏やかな表情を浮かべてシオンに問いかけた。シオンは静かに、大きく息を吐いた。このときシオンは、目の前にいるのが威厳に満ちた王ではなく、運命に翻弄され、疲れきった老人に見えた。これから老人が何を提案しようとしているかも察しがついた。シオンは答える。
「陛下のお苦しみ、理解いたしました」
「ありがとう」
ライオネルは深く息を吐き、続けて問うた。
「そなたの本当の身分を公にせよ。その上でそなたを我が後継者として指名したい。私の死後、王冠をそなたに譲る。受けてくれるか?」
シオンはひざまずき答える。
「謹んでお受けいたします」
ライオネルはうなずいた。
「何か他に望みはあるか?」
「はっ。では僭越ながら、もうひとつお願いがございます。ある囚人を釈放していただきたいのです」
***
牢獄の前にタロスとサキが待っている。アーロンが釈放されて来る。衛兵が扉を開く。中から忠臣が出てくる。忠臣の旧友タロスが嬉しそうに迎える。
抱き合う二人。サキがあの夜の礼をする。少し離れたところにいたシオンに気づき、忠臣は前に行ってひざまずく。
「殿下、ありがとうございました。改めて忠誠を誓います」
「長い間苦労させた。そなたの地位と名誉を回復させる」
「驚くぞ。これから王宮がひっくり返る騒ぎになる」
***
ライオネルは後継者指名の発表のため、主だった貴族を王宮に集めた。
居並ぶ貴族や廷臣の前、玉座に座るライオネルの傍らにはシオンが立っている。
シオンが後継者になることは人々の想定の範囲だったため、粛々と指名が行われるものと思われていた。しかし、ライオネルの宣言に人々は驚愕する。
「この者、先の国難において多大な貢献をしたシオンとして、皆も知るとおりだ。だが、この者には重大な秘密がある。この者の正体は、我が兄、先王サルアンの嫡男ウェンリィだ」
人々は一瞬呆気にとられた後、ざわつきはじめた。群衆の中にいたアーロンは驚きの表情でタロスをみると、タロスはこの宣言がされることを事前に知っていたようでにやにやと笑っていた。
「ウェンリィは表向きは亡くなったことにされ、その実、レナードに密かに匿われ、養育されていたのだ」
人々の視線がレナードに集まった。レナードは満足そうにしている。
「私の死後、後継者にはこのシオンこと我が甥ウェンリィを指名する。彼はまさしく王家の血筋を引く者である。よもや反対はあるまいな」
***
シオンのもとにサキがやってくる。サキがシオンに紋章の首飾りを渡す。シオンが受け取り、自分の首にかけた。
「その首飾りも主のもとに戻り、私の肩の荷もようやく下りました」
サキとシオンは微笑みあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます