第61話 黒幕(四)

 そんなとき奇跡的な幸運を神が与えて下さったのです。ウェンリィ王太子と一月違いで生まれたわが息子の容貌が、日に日に王太子と似てくるではありませんか。そしてある日、閃いたのです。王家の血筋を手に入れる方法を。そしてその考えは実行に移さずにおられない悪魔的な魅力を放ちはじめました。


 私をキングメーカーだとおっしゃいましたね。モーゼフ殿は正しい。たしかに私はキングメーカーです。文字どおりの意味でね。王を自分の血で作ったのだから。新たな王に流れるのは私の血です。そして未来永劫、王の子孫がその血を受け継いでいくかぎり、私の血は永遠に王の血として流れ続けるのです。


 あなたもおっしゃっていたように王に必要なのは血筋と実績です。実力を証明する実績は与えてやることができる。しかし血筋は生まれ持ったものでどうにもならない。そう思っていました。しかし、息子をウェンリィだと人々に思わせることができれば、その不可能が可能となる。神の啓示だと思いました。


 しかしそれは容易なことではありません。ウェンリィをよく知る者が王宮にいれば見抜かれる可能性が高い。そこで、ウェンリィが王宮からいなくなってから長い年月をおき、人々の記憶から王太子を薄れさせることが必要でした。さらには王宮からウェンリィをよく知る者に去ってもらうことが望ましかった。私がライオネルに謀反をけしかけ、その成就に協力したのはそのためです。


 あなたが推測されたとおり、ウェンリィは有事の際には私の城に避難することになっていました。ライオネルの謀反によって、予定どおりウェンリィの身柄を手に入れることができました。そして狙いどおりライオネルは王宮の人間を総入れ替えしました。おかげで王宮でウェンリィをよく知る者はほとんどいなくなり、予定よりずいぶん早く計画を実行に移せました。


 私の息子シオンには、戦術、王宮内のしきたり、歴史、法律、諸侯の勢力関係など、城でのしあがるために有用と思える知識を与えました。当然ながら、武術や馬術のような貴族のたしなみもね。


 また、あなたがおっしゃっていたとおり、王宮医のホランドは私の子飼いの者です。ライオネル陛下の真の病状は私にだけ知らせさせました。実際には回復する可能性が高かった。しかし彼には回復の可能性は低いと言わせました。それが人々の野心を刺激し、内乱を誘発するからです。


 ホランドはそもそも私がサルアンに紹介し、王宮医として推薦した男です。しがない修道士の医者見習いだったのを私が見出し、王宮医にしてやったのです。私はあの男の弱みを握っていましてね。王宮医にしてやった恩があり、弱みを握っているとなれば、あの男を操作するのは容易いことです。


 ウェンリィ様の遺体を検体したとき、王宮医は本当のことを言っただけです。ウェンリィ様の遺体は紛れもなく本物だったのだから。顔だけでなく傷まで焼いたのは、古傷か新しい傷か見分けがつきにくくするためです。あのときシオンにつけた傷は新しかった。新しい傷だったかもしれないと人々に思わせておきたかった。王宮医に嘘を吐かせたのはライオネルの病状についてです。


 モーゼフ殿のおっしゃるとおり、王が死の間際だと王宮医に言わせれば、次の権勢を得ようとする者の陰謀が活発になり、国は乱れる。だがそうした目的は、私が富と権力を得るためではない。シオンを戦で英雄にするためです。戦で英雄になったシオンが、実は自分の正体がウェンリィなのだと明かせば、実績としても血筋としても王にふさわしくなります。


 シオンを王にするために国を混乱に陥れ、戦を引き起こしたのです。そしてその目論見は成功しました。


 ちなみに、あなたの推理のとおり、ライオネルの後継として邪魔なハンスを消そうと賊を雇ったのは私です。これは思わぬ妨害で失敗してしまいましたが。しかし暗殺の容疑を王妃アデレードに向けることができ、私は疑われませんでした。私にはハンスやティアナに危害を加える動機が表向き何もありませんでしたから。


 王宮へ我が子をやるのは恐ろしく危険なゲームです。いつ命を失ってもおかしくないところへ息子を行かせるのですから。しかしこのゲームに勝てば、絶対に手に入らないものを手に入れることができる。


 我が子ながら野心家のあの子は、進んでこの道を歩んでくれました。ユリヌスに包囲された私の城を救援する際、シオンを少数の兵で先に行かせたのもシオンに手柄を立てさせるためです。シオンがすべてをほぼ独力で成し遂げたように噂も流しました。


 レナードが剣を抜く。音でそれがわかったモーゼフは部屋の外で待っているはずの男を呼ぶ。


「おい」


 しかし部下が部屋に入ってくる気配はない。


「おい! どうした? 早く来い!」


「無駄です。モーゼフ殿」


 待機していたモーゼフの部下は廊下で死体となっていた。ヴァンが始末していたのだ。


「あなたはやはり危険だ。私を脅迫するとは。信頼できない友人はこうするしかない」


 レナードの剣は難なくモーゼフを貫いた。


***


 シオンは再び王の間に呼び出された。こうして王の間でライオネルと向かい合って座り、葡萄酒を飲むのが最近の習慣になっていた。シオンが二本の葡萄酒を持参し、その場で一本を選んで開ける。


「本日は何のお話でしょうか」


「我が娘、ティアナのことだ。あれも年ごろになった。嫁ぎ先を決めなければならん」


 きた。計画通りだ。自分と結婚させるのだろう。


「すまないが、これだけは最後の望みとして聞いてほしい。王女をそなたに嫁がせることはできない。あれはドーラに嫁がせたい。あれはそなたの両親を殺した者の娘だいうことに苦悩しているようだ。そなたの妃となれば、そのまま一生苦しむだろう。どうかこれだけは受け入れてほしい」


 シオンは言葉を失った。だが表情は穏やかなままだ。


「妻も息子も失い、あれが唯一残された家族なのだ。せめてあれだけは幸せにしてやりたい。父の気持ちを汲んではくれまいか」


「陛下がお決めになることです」


 シオンは微笑をたたえたまま、手元にあった二本の葡萄酒のうち一本を手に取って言った。


「さて、今夜はこちらにしましょう」


 シオンはその葡萄酒を開けてゴブレットに注ぎ、ライオネルに差し出した。ライオネルは葡萄酒を傾けた。


 突然、ライオネルは咳き込みはじめ、やがてそれは激しくなる。ライオネルは床に倒れこみ、血を吐いた。苦しさのなか、頭を上げ、シオンの顔を見る。シオンは虫でも観察するような目をしていた。


「あなたが我々の計画と異なる行動を取ったからです。あなたは娘を私と結婚させるべきでした」


 ライオネルは目を見開いた。


「そんな目で見ないでください。これは復讐ではありません。私はあなたをお恨みなどしていないのですから。ですからこの結末をあなたの罪が生んだ悲劇と考えるなら、それはとんだお門違いです。……まだお分かりになっていないようですね。最後に教えて差し上げましょう。私はあなたの甥、ウェンリィではありませんよ」


 シオンはにっこりと笑った。


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