第50話 看破

 戦場の北側に位置する丘から、レナードが率いる増援が姿をあらわした。レナードはデュラン国での交渉を思い出す。


 レナードとシオンは謁見の間で玉座に腰かけるクルセウス王と対面していた。


「人払いを」


 レナードが言うと、クルセウス王が侍従たちを目配せで促す。王の最側近の数人を残し、他の者は部屋を出て行った。最後の一人が部屋を出るのを確認してから、レナードは切り札を出した。


「これから突拍子もないことを申し上げますが、神に誓って真実です」


 クルセウス王は表情を変えずに言う。


「続けられよ」


 レナードは振り向いてシオンを促した。


「殿下」


 シオンが歩み出てレナードの横に並んだ。レナードが続ける。


「このお方、実は亡くなったと思われていた、さる王家の方なのです」


「ほう。それは誰かな」


「アルヴィオンの王太子ウェンリィ殿下です」


 少しの当惑の後、クルセウスの目に浮かんだのは疑いの色だ。しかし興味は持っている。


「証拠は?」


「この傷をご覧ください」


 シオンが上着をはだけ、傷があらわになる。側近が補足する。


「たしかに、ウェンリィ王太子の遺体をライオネルに差し出したとされるのはこのレナード殿です。レナード殿なら不可能ではない工作です」


「そのような傷ひとつで信じられることではない。だがライオネルにそちが差し出した王子の遺体は顔が焼かれ、判別不可能だったそうだな」


 クルセウスは少し考え、「すなわち、そのときの遺体がウェンリィのものであったと断言することもまた不可能であるということか」


「殿下に手柄を立てさせ、諸侯の支持を得ます。そのうえで奪われた王位を奪回するのです。今、手柄を立てる絶好の機会が目の前にあります。ドーラ軍に国を蹂躙され、諸侯も民も救国の英雄が現れることを切に願っています。もしここで国を救う英雄が現れたら諸侯も民も熱狂するでしょう。しかもその英雄が、亡くなったと思われていたウェンリィ様だと知ったら? 諸侯は誰を玉座に座らせようとするでしょうか。殿下は義理堅いお方です。玉座を取り返された暁には、受けたご恩に必ず報われるでしょう」


***


 斥候がやってきて王太子に報告する。


「北に新たな敵の援軍があらわれました! 規模はおよそ五千!」


 ハンスが笑みを浮かべる。


「あらわれたか! 思っていたとおりだ。我が方が一枚上手だったな」


 ハンスは傍らに待機していたオルセイに指示する。


「貴殿が八千を率いてあの新たな敵の援軍を討ち取ってこい」


「はっ」


 オルセイが馬上から号令し、軍へ移動の準備を告げる。ただし、兵たちには自分の合図があるまで攻撃を仕掛けないように厳命する。


(あの手紙に書かれていたことの真偽を確かめなければ)


 オルセイは軍を率いて後詰めの援軍のほうへ向かう。自分と供回りが先頭である。


 オルセイの軍はゆっくりと前進を続け、遠くに小さくだが敵の最前列の姿形がわかる程度まで近づいた。傍らの騎士が興奮気味に言う。


「もう弓の射程圏内です! 閣下!」


「合図まで絶対攻撃するな!」


 オルセイが改めて厳命する。


「このまま前線にいては危険です! 後方へお下がりください!」


「いや、このままいく!」


 敵が仕掛けて来ないということは、あの手紙に書いてあったことは事実である可能性が高い。射程圏内に入っているのに、矢の一本も飛んでこないことに部下たちもいぶかしがりはじめていた。


***


 ハンスは満足していた。敵の策を見破った。最初の援軍と後の増援で挟撃するのが敵の策だったのだ。見破ったのは自分ではないが、味方の助言を適切に受け入れるのも将たるものの器だ。自分こそがこの戦の勝者として歴史にその名が刻まれるだろう。もうすぐオルセイの軍が敵の前線と交わるはずだ。


***


 オルセイはついに敵軍の目前に迫った。最前列に立った敵の表情も手に取るように読める距離だ。こちらは攻撃を仕掛けず、敵も攻撃してこない。この距離まで近づくと、さすがに兵たちもただごとではない事態が進んでいることに気づいていた。オルセイが馬をゆっくりと敵に近づける。そしてその人物を見た。隣の騎士が驚愕の声をあげた。


「まさか」

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